なんか 空しい …
午前10時過ぎに 介護施設に洗濯物の交換に 出掛けてみました。
いつもと違った時間帯に出掛けてみると 施設では決まった時間で動いているので いろんな様子が見られます。
今日は ちょうど散髪の時間だったらしく ホールでは3人の美容師さんが忙しそうに ハサミやブラシを動かしていました。
椅子には順番待ちの お婆ちゃんやお爺ちゃんが おとなしく座っていました。
どこかに 座ってるかなぁ~と思って 目で探してみたけれど そこには姿がありませんでした。
ホールを通り越して 部屋にいってみると シーツの交換の日だったのか 6人部屋の全部のベッドの布団が外してありました。 お天気も良かったから ちょうどベッドがずらりと干してある光景でした。 「こうやって 干してあるのかぁ~」
先週の金曜日は 部屋が臭っている感じだったけれど 部屋の窓側で明るい場所なので 今日は 健康的にみえました。
発見…です。
先週の金曜日、大きな洗濯物袋を抱えて ホームの事務室に
「ありがとうございました。」と声を掛けたら その帰りがけに 「ケアマネージャー」さんから 待ってましたとばかりに 声を掛けられました。
「お母さん、とても 落ち着いていられいますが、ご家族にお家に帰りたいと 言われていますか?」
「義母は ケアマネさんには 帰りたいっていう話をするんでしょうか? 私には 『元気でやってる、大丈夫だ。』としか 言わないんですけれど。」
「昨日、『私はいつまでいられるんだ?』と 聞いてきましたよ。
それは『帰りたい』という風な話ぶりでは なさそうだったので 『ご家族と相談して春まではいられるように しましょうか?』と 話ておきました。」
「義母は 納得してたでしょうか?」
「『わかった』と 言って安心されたようです。
でも、ご家族には会いたそうですよ。 息子さんは、会いにこられる気は ないんですよね?」
息子というのは 夫のことです。
介護施設に入所してから 約1ヶ月半が経ちますが、まだ 1回も面会に 行った事がないのです。
入所前は 仕事でこの施設の前を通るので 「俺が 帰り道に洗濯物を届けてくれる」と 言ってくれたはずでした。
でも、肉親であるほど 拗れてしまった感情を 元に戻すのが至難の業であるという事が 夫を見ているとよくわかります。
ディサービスやショートステイを利用していた間は 家に義母(「宇宙人」と呼んでいます)がいたので まず「一緒に食事をしたくない」と 言い始めました。
そのうちに 「顔を見たくない。」と 言い出しましたが 狭い家なので 食事は時差で食べる事はできますが 私達の一番お気に入りの部屋を占領されてしまったので トイレに行くにも お風呂でも 食事でも 外に出掛けるのにも 「宇宙人」が目に入ってしまいます。
それで、「家を建てて 閉じ込めよう。」という話に進展していきます。
この話だけを読むと いじめや虐待みたいに思われるかもしれませんが、夫には義母との何十年間もの断絶期間があって 現在に至っているので いたし方のない気がします。
その間、「宇宙人」と夫は やっぱり 私から見れば そっくりな親子です。
アルツハイマーと言っても 感情は残っています。 なので 夫が「宇宙人」にカチンときた時は、「宇宙人」もまったく同時に カチンときているのです。
それは 凄い感情のぶつけ合いで、病気とか 病気じゃないとか 周りの人は 判断できないくらいでした。 わたしは、気持ち的には夫の方が正しいとは思っていたのですが、感情を抑えられるのは やっぱり正常な夫の方なので どうしても夫に 「我慢して 」と言わざるを得なくて 夫も、わたしもストレスが溜まる一方でした。
もちろん、「宇宙人」だって そうやって反撃してくるくらいですから 同じだけのストレスはあったのでしょうが…。
やりきれない気持ち、割り切れない気持ち、持って行きようのない気持ち、切ない気持ち。
そんなものが 家の中にぐるぐる回っていて 辛い日々でした。
「長期ステイが空いたので 利用してみませんか?」
というケアマネージャーさんの 天国からの蜘蛛の糸のような言葉に 私達家族は必死でしがみついたのでした。
そして、この1ヵ月半の平凡で静かな日々。
「宇宙人」がやって来る前の日々には もう 戻ることは出来ないけれど それに少しだけ近づいた 穏やかな日々。
夫は お金が持ち出しになって大変という 金銭的な負担は 夫婦で我慢することに決めたので 自分の意識から「母親」という存在を やって来る前 以上に消してしまおうと思っている節があるのです。
顔を見ないというのは ストレスから大分開放されていると思います。
自分から「会いに行く。」とは 一言も言わなくなってしまいました。 もっともだ とも思う私もいますが。
話を戻します。
そんな 夫に 「ケアマネージャーさんに 言われた」と話しました。
夫は 目をつりあげて
「施設に入れるためにお金を払っているのに 会いになんか行くわけないだろう!」
実は、もう一つ ケアマネージャーさんに言われた事が あったのです。
「住むのは 今は精神的にも安定しているので ここに入所していてもらって お母さんを自宅に日帰りで 時々帰すという事を やってみませんか?」
「お母さんは 時々 『家はどうなっているんだろう?』と おっしゃいますが、それは 多分O市のことだと思うんですよね。
家がなくなった事もわかっています。
だから、息子さんさえ良かったら かえる家があるという事で 遊びに変えるというのは どうでしょうかね?」
言いたい事は よ~くわかるんです。
介護保険・介護施設は 入所者の事を 一番に考えてくれるという 建前ですもんね。
でも、そういう話を ケアマネージャーさんにだけ話して 家族には 今まで30年間の全てを 一言も語らない。 お医者さんを通して、ケアマネージャーさんを通して、O市では民生員さんを通して 義母の話を聞いてきました。
他の人に そういう風にちゃんと話せるのなら なぜ 肝心の家族の私達に 何にも話さないんでしょう?
いろんな人から 「こうして欲しい」と言われて この半年 何にもわからず走り回ってきましたが 結局は 金銭的にも精神的にも 負担は私に掛かってきます。
なのに、 これからも ずっと 第三者から「……。」と 言われて 私は尽くしてあげなくっちゃならないの?
ホントに やるせない。
わたしなんて 「宇宙人」に なんにもしていただいた事がありません。
食事を作ってもらったことすら1回も ないんですよ~。
親子のストレス、嫁さんのストレス。 これは どっちに転がっても消えることはなさそうです。 ホントの母なら こんな理不尽でも 「可哀想」という気持ちがプラスされて 上手に付き合っていけるんだろうなぁと 思ってしまいます。
私の実母は 23歳の時に亡くなっているので ホントは「宇宙人」と いい嫁姑関係に なれたかもしれませんが、夫の家族は断絶してましたからね。
なるようにしてなった 結果なのでしょう。 今更 元には戻れない現実です。
「宇宙人」が一番お気楽で 得してる気分になりますよねぇ?
そんな こんなで 日帰りの話は 当分(一生かな?) お預けです。
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コメント
うっちゃん、こんにちは。サワです。
頭の上に重たい石が乗っかったままになってるような気分でしょうか?
わたしもそんな気分だから……。
うっちゃんは、もしかして、仕方ない仕方ないと認めながらも、そう言うしかない自分に罪悪感みたいなものを持ってしまっているのでは?
百組の親子がいれば百通りの関係がある。もし罪悪感みたいなものがあるのなら、そんなものは捨てちゃいなさい。なんの役にも立ちません。
ただ、うっちゃんのダンナ様とお母さんの関係がどいうものだったとしても、自分がやりたくないことを妻にはさせる、というのは、どうなのかと思う。ダンナ様は、うっちゃんに甘えていますよ。
甘えてもらうことが、うっちゃんの生きがいなら仕方ないけれど、そうでないなら、ダンナ様のためにも、よく話し合ったほうがいいと思う。
「もとの関係には戻れない」とあるけれど、その親子関係は良好だった時期もあるということなのかなあ。わたしなんか、そんな時期なかった……。もとに戻るもなにもない、最初からいままでダメダメだった。
だからそう思うのかもしれないけれど、「もとに戻る」必要なんかないでしょう。
ダンナ様は、いま、御自分のやれること(やりたいこと)は、すでになさっている。お母様を保護して安全な生活を保障しようとしている。
他人様や施設の人、ケアマネさんはどうであろうと、ひとは自分のやれることしかできません。
やれると思うことをしっかりやり、できないと思うことは、やらない。それでいいのではないですか。過去に関係なく、そこから生まれる新しい関係をそれなりに作っていくしかないのだから。
失礼なことばかり書いてごめんなさい。元気でいてほしいから書きました。
またね。
投稿: サワ | 2010年10月17日 (日) 05時36分
サワさん。コメント ありがとうございます。 嬉しかったです。 私はいつもサワさんの ブログを見てとても参考になっています。強く生きてるなぁと感心させられています。
ダンナは一人っ子だという事を忘れて のほほんと30年間も過ごしてしまっていました。 実母や実父(3年前に癌で他界)は 見送ったものの 実状を知らない義母と それも認知症だとわかってからの 同居になってしまったので すべてに世の中で言う信頼とか愛情とかが 伴わないスタートになりました。
一緒に暮らしてみて アルツハイマーの怖さを実感しました。外観では見えない病気は 怪我とかとは違って 昔を知っている他人には(O市では)少し呆けてきている普通のお年寄りとしか 見えていませんでした。 地元では 借金ができるまでは義母は金払いのいい、便利なお婆さんだったようです。 息子や私の事も近寄ってもこなかったのに 知り合いには都合のいい作り話で 体裁を整えていたようです。
サワさんのお母様は ちゃんといろいろお話をなさるようですね?義母は 必要なことはケアマネージャーさんには伝えるのに私には 何にもいいません。 こちらから気を使って「○○しなくていいの?」とか 聞くと「欲しかった」とか「わかった」とかの返事をしますが 会話じゃあありません。
初めは遠慮かなと思っていたのですが 正常に見える外観とは 食い違ういろんな奇怪な行動からして こういうものがアルツハイマーなのかな?と 思えるようになってきました。
今はもう帰る家もなく 家族といえる親族は うちしかない。自分で一度 捨ててしまった息子は 結果的に引き取らざるを得なかったので同居してくれたものの一緒にいると お互いに火花が散って もう少しで爆発炎上寸前だった。
確かに ダンナは 30年間 母親と言う現実から逃げていて すべての肝心な時に直面すると 「俺は嫌だ」と言い出すし ずるい。 義母だって ずっと逃げていたわけだから 同じで 私からすれば ずるいなぁと思います。 こんな事言ったって 今更手遅れだけど。
「俺なら 会いに行く必要もない」
「長期入所」が確定に決まったら 私も洗濯物は業者に任せて 週2回も会いに行く必要もない と言います。 誰も会いに行かないのも 可哀想だと思うし。
現状を理解するのにやっと 慣れてきたところです。
いろんな方の ブログを読ませてもらって 共通点を見つけてはやっぱり病気なんだと 考えるようにしています。
そのうちに 自分の生活をもう一度 立て直せるように しようとは考えてますが まだまだ 予想外の現実が続いているので サワさんたちの記事を読んで いろんな覚悟をしていかなくてはだめですね。
元気 ありがとう。 嬉しかったです。
投稿: うっちゃん | 2010年10月17日 (日) 11時32分
うっちゃん、寛大なお返事ありがとう。
うっちゃんの義母様と、うちの母とは、本人にも関係性にも似たところもあって、こちらこそ、いろいろ対処のヒントをいただいております。
うっちゃん、よくやってるなあと感心も安心もしています。
》信頼とか愛情とかが伴わないスタート
これ、わたしもそうでしたが、ナイものはナイ、うじうじ考えてもしょうがないっ、いっそ、なくて上等! そのほうがラクなことだってあるに違いないと、わたしは思ってます。
》少し呆けてきている普通のお年寄りとしか見えていませんでした……知り合いには都合のいい作り話で体裁を整えていた
重度障害域突入のうちの母も、単なる知り合いレベルの人には、いまだに「少しボケてる?」くらいに見えるときもあるみたいです。赤の他人の注意・関心レベルと関係者のレベルとは違うんでしょう。
「都合のいい作り話で体裁を整えている」のか「当惑と混乱をなんとか取り繕ってるうちに都合いいツジツマになってしまった」とみるのかは、もうこちら側の問題かもしれないです。
本人が認知症を患ってるかぎり正解は証明不能なのだから、こっちの気がラクなほうに考えればOKと思います。
うちの母は確かに口数は多いですが、やっぱり「対話」「会話」には、全然なりません。おなじ空間にいて、独り言と独り言が、たまに噛み合っているだけのような感じです。
果たしてわたしは母と会話がしたいのか? コミュニケートしたいのか?母のほうはどうなのか? それすらわかりません。
はっきりしていることは、わたしは過去に母と理解し合えたことはなかったし、これからもないということです。
母という人格を理解したいとは思いませんが、認知症という疾患を理解したいと思いました。母個人について考察をしてしまう時間を認知症の理解のために使いたい、そのほうがナンボか有意義な気がしました。
じっさい、わたしにとっては、健康だったときの母と数時間を過ごすことと、いまの母と同じことをするのを比較したら、いまのほうが何倍もストレスが少ないのです。
この感覚、きっと、うっちゃんのダンナ様にも、ちょっとあるのじゃないかなーと思ったりします。
それはとにかく、お互い、共倒れ厳禁だヨ!(゚ー゚)
投稿: サワ | 2010年10月18日 (月) 23時31分
コメント2 ありがとうございます。
そうですね。自分達が 倒れてしまいそうな気分の日も ありますが、サワさんだって、私の知り合いのNさんだって 頑張ってる人は 世の中にいっぱいいますよね。 ただ、同じ立場の人にしか本当の苦しみは 理解できないし 分かり合えないのでしょう。
私は 今一休みで ちょっと余裕がありますが、まだまだサワさんは 毎日が格闘中ですもんね。
時々、お気楽な 記事もいっぱい書きますので お互いに 元気を分け合いましょうね。 これからもずっと 読ませてもらいます。
よろしく お願いします。
投稿: うっちゃん | 2010年10月19日 (火) 16時56分