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2010年10月 2日 (土)

住む所がない ②

Img_1223_2  「秋までに 家を作ろう!」と 決心してから はや 3ヶ月余り。
 「家」といっても 確認申請のいらないギリギリの 6畳一間の いわゆる子供用の勉強部屋と 同じ発想です。 それが 6月の初めの事です。

 資金不足の我が家には とっても 力強い味方がいます。 うちのダンナさんが 大雑把な見取り図と予算と材料の見積もりを持って ずっとお世話になっている建設会社の部長さんに 相談してみたそうです。 それで、自分で作るならと 格安材料を手配してくれる事になったのです。
 たくさんの周囲の協力者に 後ろから押されて 「家」作りは こうして スタートさせることができました。
 捨てコンで土台の基礎を作るところから始めて 床が出来てと 順調に 作業は進んでいきました。 仕事の合間という事で 出来る日が限られてしまうのと、天候との闘いです。
 
 義母の悪臭と、徘徊はどんどん進化していくのに 6月~7月は 例年にないくらいの大雨と肌寒さで 作業は 全然はかどりません。 雨対策で 張ってある青いビニールシートを 強風・大雨から守るため 影の協力者の私も 四苦八苦しました。

 
Img_2167  屋根にコンパネが張られて 屋根らしい形になった頃、またまた 私達に幸運な協力者が 声を掛けてくれました。 いつもお世話になっている地元のホームタウンのお店に 屋根のトタンの購入の話を相談に 行きました。 
 
 自宅の丸太小屋も 地元の屋根屋さんの家族の協力で 自分達で張った経験があるので 自分で張ろうと考えていたダンナです。 けれども、あの時の(26年も前の話ですから)屋根屋さんは 今はもう年を取られてしまって 仕事はしていなかったのです。
 ホームタウンのご主人が 一人でも出来る屋根の張り方を アドバイスしてくれて、その上 これまた 格安で我が家用に トタンを加工して届けてくれる事になりました。
 
 「困った時は お互い様。」という とっても 暖かい言葉もくれて ほんとに 皆さんに感謝、感謝です。 世の中 捨てる神あれば、拾う神あり というのは 本当のことですね。

 こうして 屋根が乗る直前まで 準備が整った 7月25日
 今度は 突然の私の怪我です。 
「アイツの為に 建てる羽目になったのに ろくでもないことばっかり しやがって! 介護してもらってる人を 怪我させるなんて とんでもない野郎だ!」と、怒りが爆発してしまいました。 「半月板損傷全治2ヶ月くらい?」の整形外科の診断です。 
「夏休みまでに 屋根を乗せる」と張り切っていたので それから 鍼である程度 私の足が完治するまでの1ヶ月間 トタンを持ち上げる事が出来なくて 実質的には なが~い家作りの「夏休み」に なってしまいました。


 9月2日
Img_2178

 ついに 屋根が乗る日がやってきました。 気温32度の真夏日です。 とにかく 暑い。 屋根の上にいるダンナの体感温度はもっと高いはず。

 一枚のトタンは 私でも簡単に持ち上げられるほど 軽いです。
が、その分 真っ直ぐに持たないと グニャンと 折れ曲がりやすいのです
。 その上、一気に屋根の反面分の トタンを落ちないように 持ち上げなくてはいけません。 一応経験者とはいっても 大変だったと思います。

 午前中に Img_2192_2西側半面、午後には残りの東側の反面を 仕上げました。 
 これで、少しくらいの大雨でも 床が濡れる心配はなくなって 雨の日でも中の仕事が出来るように なるでしょう。
 なんとなく、二人とも 屋根の完成で 笑顔になりました。
ちょっと 気分的に 楽になったんですかね。
 
 



 現在 「宇宙人」は 長期入所の空きが出て 1ヶ月間の長期ステイです。
この家を作っている間、窓からチラチラ見ていましたが、一言も私達には 「何を作っているのか?」とか 聞いたりは していません。
 けれども、ケアマネージャーさんには 「あれは、私の家を 息子が作ってくれている。」と話したそうです。 それを聞いて ダンナは 滅茶苦茶 怒りました。
 「どこまで 自己中なんだ!」
やる気が一気に 失せてしまったようです。

 9月11日

052   久しぶりの家の仕事です。
支柱の仕切りを打ちました。 こうなると 俄然と強度がでてきます。 こうして、少しずつ間仕切りを 重ねていく予定です。
 「秋までに家を建てる」という目標は 当然無理だという事に なってしまいましたが、今度は「冬までに 壁や窓を作る」という 希望に代わっています。

 というのも、「宇宙人」が ショートをつないで入所できる可能性が出てきたからです。
 「何が何でも
一緒には生活したくない」という 息子の切実な願望が 施設にも通じたらしいんですよね。もっとも  母親の「宇宙人」も あれから 施設内の洗濯物置き場に洗濯物を取りに来ることはあっても 1回も面会しない息子に 会いたいとも 言わないらしい。 私が 洗濯物を施設の部屋の備え付けの箪笥に 片付けに行く日も 「宇宙人」は その事に一言も触れないし ほんの10分くらいの面接時間でも 「じゃあね。」と 行ってしまうし…。 施設側の当然の判断かも 知れません。

 9月22日

019  間仕切りがずい分出来てきました。 9月17日以後 ずっと雨降りの日が多く 雑用が重なって 家の仕事がはかどりませんが、 小さな空間に入って 部屋の中を眺めてみると なかなか素敵な部屋になりそうです。
 まぁ、当然ですよね。 我が家の庭の一番 いい場所に 建てたんですから~ね。


 「宇宙人」の部屋ではなく 他の目的で使えるようになる可能性が強くなってきた 「6畳の家」です。
 が、ショートを利用すると 入所費用がかなり高くなり 「宇宙人」にかかる費用が 大変になってきました。 それでも、 途中で入所を断ち切ってしまうと また
「次の入所へのチャンス」が 断ち切られてしまいます。

 それで、「家」は 完全に資金不足で とりあえず しばらく残っている材料を使い切ったら 小休止せざるを得ない状況に 追い込まれています。

 「何処まで行っても、アイツは 疫病神だ。」と ため息 交じりの 10月になりました。

 

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