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2010年12月

2010年12月30日 (木)

大掃除のはずが…!!

 外では小雪が舞う中、久しぶりに友人が「お正月に 遊びに来たい。」との電話がかかってきました。 

 我が家の介護事情を知っている 友人たちは この夏以後 ほとんどちょこっと立ち寄る程度で なんだか淋しいなぁと思っていた所だったので 
 「よっしゃ! ここは一大奮起だ
実は 適当に手を抜こうかなぁ~と思っていた大掃除を さっそくしようと 思い立ちました。 

 Kさんの家も うちと全く同じで 実母さまが施設に入っています。
でも、今までは 年末年始は お母さんが家に帰って来ていたので 家を空けるなんて事は 厳しい介護の現実で 無理な状態だったのですが、今年はなんとか なりそうだと楽しそうに電話がかかってきました。 うちも入所中の義母は 症状安定の為に お正月も帰ってくることはありません。 ちょっと ホッとしています。


 家の中がわさわさ お掃除タイムだと もうじっとしていられない
メグタはどういう訳か 箒(ほうき)が大好きです。 家用のほうきはもちろんですが、庭を掃く竹ぼうきも 大好きです。 犬って 思ってる以上に毛が抜けるんですね~。
 なので、掃除機をかける前に いつも箒で掃くようにしていますが、ほうきを持ち上げた途端に すっくと立ち上がり 「ワン、ワン!、ワン、ワン!」 大騒ぎです。


 

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 掃除機をかけて ゴミを出して…。 やれやれ~  と思って部屋に戻ると 
ありゃりゃ(゚Д゚)ハァ?
何とご親切にメグタが ゴミ箱からさっき捨てたはずの ビニール袋を取り出してきて
散らばってる!!!!!!!

片付けておいたメグタのお気に入りの 噛み付いて壊したおもちゃも あっちこっちに~!

 
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 「コラ~ 」 さっきよりも 今の方が汚れてる 
ε-( ̄ヘ ̄)┌ ダミダコリャ…

 いたずら坊主の被害は ざっと数えあげてもきりがない。
 ホント なんとかならないものか…! Σ( ゜Д゜)ハッ!

 
 以前に犬のしつけの話を書いて 「藤井 聡」先生から無料のしつけ講座のメールを頂いて とっても為になったので クリスマスにはこのDVDを買おうと 考えていたのに
お金は天下の回り物、「お母さん~。 家賃が払えない、SOS!」やら 「2月まで貸してください。」やらの 我が頼りなげな息子や娘に 知らないうちに流れていってしまいました。
 DVDはしばらくお預けです。 それなのに メグタは ますますパワーアップしてる。 すばしっこい。 どうするの~?

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 誰かが使っている手袋や靴下、毛糸の帽子、軍手、ネックウォーマーなどなど この冬に 再起不能になってしまった 穴だらけの可哀想な小物たち。
この手の物が 大好きで いつも狙っているのです。

 はじめはテーブルの上や椅子に しまい忘れてしまった物を 素早く見つけて逃げていったのですが 最近は どうもいけない。 
 この子は 「コラ~」の楽しさを覚えてしまったらしい。 わざと ポケットから さぁ~と手袋をかすめとって 逃げるの。 だけど ちゃんとこちらが気がつくのを待っていて 逃げていくのです。 いわゆる子供のよその家のドアベルのピンポンゲーム的感覚?なのかも。


 結局 大掃除らしくはかどったのは お客さん用のベッドメイキングと壁拭きのみ。
一日かかって メグタの場所は 元通りの壊れたおもちゃと噛み砕いた木屑と 破れた新聞紙、穴の開いた収集品で いっぱいに。
 あ~あ。 なんて時間がもったいない年の瀬の 大掃除の一日でした。
あきらめた 犬にはなんにも通じないし 勝てるわけないや。   

 
 
 

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2010年12月29日 (水)

雪の朝

 目が覚めた瞬間から 「今日は寒そう~!」と思う 朝があります。
それが まさに今朝だった。 空気が冷えている

 ストーブを点けて メグタの朝のトイレ散歩に 出かけようと お散歩紐をつけて玄関のドアを開けると やっぱり外は真っ白でした。 「さむ

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 外に出ると 小雪が ちらちらと舞っています。
メグタは 大好きな大きな落葉松のまわりを ぐるりと回ってから 新聞を取る為に ポストに向かいます。 うちのポストは 新聞やさんや郵便配達のお兄さんのために 道路側に立ててあるのです。
 この森で一番最初に住み始めた私たちは たった1軒の我が家の為に 雪の中 やって来てくれる郵便やさんや新聞配達の人の迷惑にならないように 道路沿いにポストを立てました。
 今は 住人もずい分増えて 道路もきれいに整備してくれるようになったので 冬でも安心して外出できるようになって来ましたが、子供達が小学生の頃は 大雪が降るたびに除雪が間に合わなくて 学校に行く為の雪かきが 私の朝からの大仕事でした。
 
 さすが メグタは犬ですなぁ。 雪が降ると なぜか嬉しそうで ピョン、ピョンはねるように 喜んで雪の中に顔なんぞを 突っ込んだりもしています。

 
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 雪の朝は しんしんと静かです。 いつもは聞こえない遠くの電車のゴトンゴトンという音が 遠くに聞こえてきたりもします。
 年末の忙しい日のはずなのに 「年越し寒波」がやってくると 天気予報で騒いでいました。 もう、これは寒波の始まりなんじゃないのでしょうか~?

 一日、しんしんと寒い雪降りの日。
夜になっても 一向に雪は降りやまらず どの位 積もってしまうんだろう  


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2010年12月27日 (月)

もしもし…

 「もしもし… そちらは○○さんのお宅でしょうか~?」
突然の名指しの電話は ちょっぴり どっきりする。
 「○○さん」と言うのは もちろん義母の名前が入る。
義母をこちらへ連れて来てから この手の電話は 「借金の返済」という話が多いからだ。

 
 この30年間 我が家は上・中・下とういうランクがあるとしたら 絶対に下の方の部類だったろうと思う。 
けれども、TVドラマのような借金に追われるという生活ではなかった。 こういう電話が 鳴る事も 知らない日々だった。
 森の中の日当たりの悪い小さい畑を耕し、今なら当たり前と思えるようなエコ生活をしながら ささやかな親子5人ののんびりとした田舎の生活だった。

 子供達のよく言う 「みんな持っているから 買って」という言葉は 聞かないようにしたし、雑誌やTVの資本主義の消費の誘い(いわゆるテレビショッピングだよ)にも 片目をつぶりなるたけ心を動かされないようにし、 質素倹約をモットーに
 「どうしても必要な物」と 「なくても我慢できる物」を買い分けて 貧乏は貧乏なりに 楽しく優雅に生きてきたつもりだった。
 
 が、義母と一緒に 「借金」という大きな不安もやってきた。
だが、本当は義母は田舎に新築の建売住宅がドカンとかえるほどの お金を以前は持っていたのだ。 その母が 甘い誘惑の「さが美」で全財産を散在し、その後にはローン地獄が憑いて来たのだ。 そんな事を知ったのは 今年の4月の初め。 O市に入院している義母に 病院から請求書が来たその時だった。 
 その後、困り果てた私を助けてくれたのは O市の消費者生活センターの若いお姉さん達でした。 
 その頃、かかり始めたのが「もしもし、○○さんの…」という 今思い出しても ドキッとする催促電話でした。 
支払い能力がないアルツハイマーの老人に 騙すように売りつけられた あってもなくてもいいような商品。 支払う必要がないものは 消費者生活センターで止めてくれてあっても電話は追いかけてくるのです。 の音は 怖いです。

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 今日の電話は 「借金」ではなかった。
もう一つの「もしもし、私はO市の○○さんの友人で…。」という パターンの電話の方だった。
 こっちの電話も 私には辛い。
 「義母は 介護2のアルツハイマーで施設に入所しています。」
と 説明すると 必ず相手は こちらを非難する。
 「だって、私の知ってる○○さんは お元気でしたよ。」
と こちらが 悪意で施設に追いやったかのように 
 「どうして? どうして?」と 連発する。

 本当ならば こちらが聞きたい。
今年の2月までの義母の様子を。 どうして誰ももう少し早く 病気に気付いてくれなかったのかと。 
 「普通だった、明るい可愛いお母さんだったですよ。」と 最後まで言われて 話が噛み合わないまま電話を切るのですが
アルツハイマーという病気の事を全く知らないで 話をしているのです。

 といっても、かく言う私だって つい先日までは アルツハイマーがなんだろうと関係ない生活をしていたのですから 相手にわかってくれといっても 解ろうはずもない事を知っていますが。 それだけに 身近にいた人たちが 「ちょっと おかしい?」と 気付いてくれたら… という気持ちは 今でもあります。 もちろん 、今となっては 全て手遅れなのですが。  

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 こんな電話の後は なんだか 無性に空しくなる。
私の知らない場所で したたかに楽しく生活していた 義母の今と違う顔が また見え隠れする瞬間。 関わりあいたくない過去の義母の知り合い。
  電話って 便利なようで 不便なものです。 顔も声も知らない誰かから 突然そうやってかかってくるのです。 できるだけ 自分やダンナの友人・知人は携帯で話すようにしていますが、仕事や連絡用に施設や市役所からは 固定電話にかかってくるので でないというわけには いかない現状があります。
 年末のなんだかなぁ~という夕方でありました。 


      

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2010年12月26日 (日)

思いがけないプレゼント

 クリスマスには 車がないので 一日早く 施設に行きました。

 洗濯物を届けるためと ささやかなを あげようかな~と 思ったからです。
施設内は 飲食物の持ち込みは 家族やヘルパーさんへの差し入れも禁止なので
前回の洗濯物の日に 受付のヘルパーさんに
 「ぬいぐるみなんて クリスマスプレゼントに持って来たら だめですか?」
と 伺っておいたのです。 
同じ部屋の入居者の方々のベッドの所には 自分で作った作品やお習字・絵画などが 飾られてはいるものの ぬいぐるみは 見当たらなかったので
 「まずいかな~?」と 聞いてみた訳です。

 「大丈夫ですよ~。 初めからぬいぐるみを持ってこられる方もいますしね~。 一緒にベッドで寝ている方も いらっしゃいますよ。」

 「そうなんですか~。 じゃあ、クリスマスプレゼントに今度持ってきます。」

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 という訳で この写真よりも だいぶ小さめな しろくまちゃんを選びました。
クリアーのポリ袋に入れてリボンをかけて 可愛くラッピングしました。


 23日。 ヘルパーさんに写真を撮ってもらって 渡してもらおうと思ったら 数人のヘルパーさんが 「写真は後で撮らせてもらうので 手渡しした方が うれしいと思います。」
と言ってくださったので、部屋でゴロンと寝ていた お婆ちゃんに プレゼントを渡しました。

 すると、思った以上に 凄い反応で
 「これを くれるの? セナちゃんだね?(メグタの前に飼っていた犬の名前) 違う、違う。 この子は 白いから メグタだね~?」
 「(本当は白クマちゃんなんだけど) うん、うん。 そうだよ。 メグタを覚えていたんだね。」
 「忘れるわけないよ。 嬉しい ありがとう
と、今までで一番嬉しそうに 笑いました。

 じゃあ、よかった~と帰ろうとすると 
 「待って、私は何にもあげるものがないから~」
と 箪笥の中をごそごそと探して この施設で 初めて作った刺し子の手提げバッグを 取り出しました。
 「これを あげるよ。」と。

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 何ヶ月もかかって 一針づつ縫った跡が見えます。
すべてが手縫いなので 針目はよく見ると大きくけっして上手とはいえませんが、本当に一生懸命に縫ったんだろうと…。

 「いいの? ハンカチや靴下を入れといた方がいいんじゃないの?」
 「これしか あげられないから。」


 こうして 刺し子のバッグは 今は仏壇に飾ってあります。
ちょっと ほんのりと暖かいクリスマスの 思い出になりました。

 ちなみに施設では X’masは みんなで    ハンドベルで 「ジングルベル」を クリスマス会で演奏するんだそうで 大忙しそうでしたよ。
上手に演奏できたのかな? ともかく お婆ちゃんには 穏やかな施設での生活が 流れているようで ずっと こういう関係でいられたらと 願っています。

      
 


  

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2010年12月25日 (土)

☆☆ メリー・クリスマス ☆☆

 今日は 朝から 粉雪が舞っていました。

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 今日は ホワイト・クリスマス 
クリスマスに雪が降ったらいいなぁ~と 思っていたのは ずっと昔のことです。

子供の時は 暖かい雪など無縁な所に住んでいたのです。
憧れは 真っ白な雪と  
キラキラ輝く大きなもみの木

だったはずでしたが、実際に その両方がある信州に住んでいたりすると それは決して 嬉しいものではないんだと 痛感してしまうのは… (* ̄ー ̄*)


 クリスマスの一日は けっこう忙しい。
一番の大仕事は ケーキ作りです。
 クリスマスのケーキは なんといっても 真っ赤ないちごがいいですね~ 

 ちょっと 前までは 苺も手の出るまあまあの値段だったのですが クリスマスの日には
どうして~と叫んでしまいそうな お値段になっているのです。 でも、どうしても あの真っ赤ないちごは 欠かせない。 悔しいけど 日持ちもしないので 買ってしまった~ 
 ケーキ作りは けっこう得意なんです。 おいしいぞ~。
見た目は 素人っぽいのも いいんですよ~ (・∀・)イイ!

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 今日の メグタは 忙しい。
ケーキの匂いに 鼻をヒクヒク。 テーブルのまわりを 匂いに誘われてグルグル~。
チキンの匂いに ますます 台所から離れられない~。 チラ、チラっと なにやら目で 食べたい~サインを 送ってくるゾ。

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 けれど、今日 ダンナは東京で帰ってくるのは 真夜中だって。 
 「深夜割引で安いから。」なのだそうです。
子供たちは、相変わらず世知辛い世の中なので バイトで忙しそうです。
 「クリスマスケーキを 食べに帰っておいで。」と言える距離でも、資金もないので 
よだれをたらして、シッポを振って待っている メグタと2人の けたたましいクリスマスが 過ぎていきます。 
 メグタは、ダンナが留守だと 何回も何回も見張り(?)のつもりなのか 外に出て 庭をぐるりとまわりたがります。 月夜や星空の日なら まだ いいのですが、今夜のように 寒くて小雪が降っている日は こっちがたまりませんわ。

 マイケルの「THIS IS IT」を見ていても CMの度に ワンワンやられて ちっとも見た気がしない~ヨ。 映画はやっぱり 映画館で邪魔者がいない時に じっくりみたい。


★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜ 


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2010年12月23日 (木)

クリスマスなら…

   Ⅹ’masといえば やっぱり 思い浮かぶのは
山下達郎の 「クリスマスイブ」でしょ~
このくらいの時期になると 毎年どこからとなく流れているし、自分でもなんとなく 口ずさんでいる…かも。 でも、ちっとも古臭く感じないのは この曲をリアルタイムで聴いていたり シンデレラエクスプレス体験を みんな疑似体験しているからなんでしょうかね~

 それはともかく そんな懐かしいPVを 見つけてしまいました。
懐かしくって 可愛くって 何回も見てしまいました

         

 
        

 今朝の朝日は とっても綺麗でした。

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 朝日と 朝靄が同時にやってきて とても幻想的でした。

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 ひんやりと寒い朝の空気が 日の出のオレンジ色の光に染まりました。

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 素敵な朝は 今日は祝日で お休みだし なぜか得した気分~




 

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2010年12月22日 (水)

皆既月食

 今年最後の皆既月食の日。
昨日の iGoogleに 21日は皆既月食という記事が出ていました。
 
 皆既月食といえば 2001年の冬は 素晴らしかったですね。
月が太陽の影に隠れて 真っ赤になった瞬間は 今でも忘れられません。

 なので、「明日は、また皆既月食が見られる」と ワクワクしていました。

 記事の中の 国立天文台の天文情報センターにクリックして 2010.12.21皆既月食スケッチ用紙なるものを コピーしてみました。

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 こんなに 楽しみにしていたのに 朝のキラキラ太陽は 午後には天気予報の予想通り雲が出てきてしまいました。 そして 諦めきれない私は 薄暗くなり始めた16:40分 外に出てみました。 予定では16:40~17:54が皆既月食の時間帯だったので、メグタを連れて 片手に懐中電灯、デジカメを持って 原っぱまで 出かけてみました。 
が、空は明るいものの夜でも やっぱり曇り空。 星ひとつ出ていません。

「あ~あ。 やっぱり 駄目かぁ~  」

ダメ押しに6時過ぎから 雨がポツリポツリと降り出して 今は本格的に降っています。


 7時のニュースで「北海道で 皆既月食が見られた」と やってました。
いいなぁ~。 北海道の人。 また見たかったなぁ、赤い月の影。

  

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2010年12月19日 (日)

気分転換には…

 遠くに出かけたい…でも それは ちょっと無理…。
そんなで 最近は時間さえあれば TVっ子になってるみたい。 本当は じっくり見てなんかいない。 でも この頃は なんかいつもTVが点いていて 「これはいかん~。 中毒じゃん」と気付いて 急いでチャンネルを掴んでみる。

 デジタル化して BS放送を見ることが多くなった。
旅行番組、食べ歩き、電車などの番組の何と多い事か…。
ますます 「どこかへ行きたい           ………」

 そんな気分の時に どこかのBSチャンネルで 沿線の小さな旅のような企画で 思い付いた駅に降りて 地元をぶらりと歩いてみる的 よくあるパターンのやつを見た。
 リポーターが誰だったのか…数週間前の事なので 覚えてはいないが 芸人さんだったかしら~という位の記憶だ。
 下車駅は「新浦安」 だった気がする。 もしかしたら 他のものとごっちゃになっているかもしれない。 でも、ディズニーランドの隣だったような気がする。

 そんなに前の事に どうしてこだわっているかと言うと そのリポーターが見つけた
「たまごフライ」 という食べ物が 頭にのこっていたのだ。 (たまごフライ)という名前も本当は正確かどうか判らないのですが ね。
お祭りの時にだけ お店が出るという曰くつき なのですが、その食べ物は名前が 「たまごフライ」なのに 玉ねぎの揚げ物なのですから??

 冷蔵庫に卵が2個 玉ねぎもあるじゃん。
その あやふやな記憶をたどって たまごフライなるものを 作ってみよう    
TVの中でも レシピは紹介されず 公民館のような所で 簡単に作っている姿を紹介しただけなので 本来の味も材料も合っているのかどうかさえも 定かではない。
 でも、私は そんなお料理が だ~い好き
だって、出来上がった時の嬉しさは 満足感と共に食べる時の ワクワク感につながります。 それに 食べるのは 家族だけですし、ダンナは 私の珍し料理には 慣れっこですしね。 今は一緒に住んでいない3人の子供達も きっとどこの国のお料理でも 物怖じせずに 美味しくいただける事でしょう~


 <うっちゃん風 たまごフライImg_6777
材料  玉ねぎ 大きなやつ1個
          卵           2個
     小麦粉       適当 
     塩こしょう      

作り方 
① 玉ねぎは 1個をまるまるみじん切り。
  けっこうな量ですよ。
② そこに 卵2個 割りいれる。Img_6778
③ 塩こしょうを 適量入れる。
④ 小麦粉を③に入れる。 少しづつ 入れて固くなるまで
  入れる。 水は入れないので 卵と玉ねぎから出る水分でこねる。
  クッキーくらいの固さになったら コロッケのように俵型に 丸める。
⑤ 180度くらいの油で 揚げる。
⑥ 完成  おめでとう!簡単だったでしょう

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 ソースをつけて 召し上がれ。 正直言って たまごじゃなくって玉ねぎフライだな。 うん、そうそう。 でも 出来立てホクホク 美味しいです。
 番組の中では 「昔は卵が貴重だったからなぁ。卵を混ぜたから こんな名前だったんだろう。」と。

 ♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:

 大分以前に 介護の他の方のブログで 渡辺謙さんの「明日の記憶」という本の紹介が載っていた。  「ラストサムライ」や「沈まぬ太陽」は見ていたが その映画は見たことがなかったので 先日 放送した時に DVDに取っておいて 一人で 夕方それを見た。

 若年性アルツハイマーのお話だ。 50代~60代で 発症するというのは どんなに辛い事だろうと 胸が苦しくなった。 お年寄りといわれる年齢ではなく 自分と同じ年齢の人はまだバリバリと仕事をこなし 病気であるアルツハイマーがなんたるかも わからない、判ろうともしない年齢だ。 その不安は 幾ばくであろう。 
 実際に アルツハイマーの義母を持つからこそ 理解できる奥さんの不安、苛立ち、悲しさ、苦しさ。 樋口加奈子さんの表情が 辛かったなぁ~。

 自分の行く先がわからなくなってしまう いわゆる徘徊。 携帯の使えない年齢の人達は もっともっと不安で 知っているのに知らない町を きっとぐるぐる回るんだろう。

 記憶が消えていく… 記憶喪失ならば いつかは記憶が戻るかもしれない。 けれど、アルツハイマーは 日常生活の中の常識とされているものさえも 誰にも判らない状態で消えていく病気。 やっぱり 解決策は 経済力と介護施設の充実しかないのかな?
 老人になるまで アルツハイマーにもなれない私たちは どうすればいいんだろう?

 映画の中の出来事、以前はそう思って見ていた世の中が 見ていない現実が見え始めると 「頭の中の消しゴム」という韓国映画や ブラピの「ベンジャミンバトンの数奇な人生」だって もしかしたら あり得ることなのかもしれない。

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2010年12月18日 (土)

年賀状

 寒い朝。 庭に雪が うっすらと積もっている。
今日の雪は ちょっと違います。 まるで あられのよう…。
一気に冷え込んだから こんなに大きなあられみたいになって 積もってしまったのだろうか? 不思議  

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 金曜日。 洗濯の日。 今日は部屋にカーテンが引いてありました。
 「寝てるのかな?」
案の定 ベッドで本格的に 布団をかぶって寝ていました。 持って行った洗濯物を 箪笥にしまっていても 布団はピクリともしない。 ラジオが大きな音で 点けっぱなしになっていましたが この施設では 本人のしたいようにさせてくれるので  ヘッドホーンでなくても 平気です。 もっとも ヘッドホーンでは もう 上手に聴くことが出来ないだろうけど。

  賑やかなお姉さんのDJが 楽しそうに年賀状の話をしていました。

 すると 寝ていたはずの 義母がガバッと起き上がって 私にこう言いました。
 「年賀状を 買って来ておくれ。」

 「年賀状を書きたいの? ヘルパーさんに聞いてみようか?」
 「10枚でいいから 今度持ってきて。」
 「わかったよ。」


 義母が 年賀状を書けるか?というと 大いなる疑問符です。
というのも 我が家へ連れて来た4月の時点で 引越し葉書を出したいと言って 今日と同じように 「葉書を買ってきてくれ。」と 言われた事がありました。

 その時は アルツハイマーの病気をほとんど理解できていませんでしたので、引越し葉書を自分の知り合いに出すという 本当に当たり前の行為を 義母が出来ないんだとは思いつきもしませんでした。
 4月の終わり頃になっても 葉書は全く手付かずのままで コタツの天板の上に乗ったままでした。 
 「書こうと思ってるんだけどね。 なかなか書けないんだよ。」 
 「じゃあ、元気そうな写真でもプリントしてあげようか?」

 近くの原っぱで 写真を撮ってその下に 「引っ越しました。」の簡単な文章を付けて 住所も記入してあげました。 後は 出したい相手の住所を記入するだけです。
義母の知り合いも お世話になった人も全然知らない私には これ以上に事はできませんからね。
  「葉書出してきてあげようか?」
 「どこかへいちゃったんだよ。 どこへしまったのかねぇ?」

 その葉書は結局 宛名が入る事もなく 行方不明になってしまいました。
それが アルツハイマーの症状だということは その後 お世話になったケアマネージャーさんに 教えていただいたことです。

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 帰りに事務所で さっそく さっきの年賀状の事を ケアマネージャーさんに伺ってみました。 年賀状を書きたがっていること、この施設では他の方も出したりするのか?、義母が誰に出したいのか 私にはわからない事など…。 そして前回の 引越し葉書の事も伝えました。
すると しばらく考えた後で ケアマネさんは 
 「わかりました。 今までそういう方は居られなかったのですが お母様に誰に出したいのかこちらから伺ってみます。 わかりましたら電話で名前を教えますので 住所を調べていただけますか?」と 言ってくださいました。

 夕方、ケアマネージャーさんから 「2名の名前を言われましたので とりあえず その方の住所と年賀状を用意してくれますか?」


 その名前の中の1名は 義母がこちらに連れて来る前に 何回も何回も
 「お金を貸してください。」と 無心していた方の住所でした。
ダンナが 「この人に年賀状は まずいだろう~!」と 言い出して
 「お世話になった人は いっぱいいるのに どうしてこの人達なんだよ~」と またまた気分を害していました。
 「どうせ また書けないんだから 書きたいなんて言わなきゃいいのに。 ○○さんにいったい何を書くっていうんだよ。 また迷惑をかけるだけじゃないか

 「でも、放っておくと 年賀状コールで徘徊するようになちゃったら困るでしょうが…!」


 ケアマネジャーさんに さっそく その事を電話でお話すると 
 「大丈夫ですよ。 見つからなかったという事にしましょうね~。」

 さすが、プロですね~。
 きっと 何でもなかったように時間は過ぎていくのでしょうが、私もダンナも なんだか義母のうずまきに 胸が苦しい。
 この義母は いったい何だろう~? 普通じゃないよね。

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 こんな風に すっきり 青空にはならない。 北風がビュービュー 吹く。 真っ白い雲が 予想もしない速さで 暗雲に変わる。 そんな気分。
余分な事は 考えない、考えない~。

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2010年12月15日 (水)

もとに戻る?

 久しぶりに お婆ちゃんの話。

 今日 洗濯物を取りに 施設へ。  
今日は どうしても確かめておきたいことがあったのです。
それは 「お婆ちゃんが 杖をついて歩いているのかどうか?」という事でした。

先週の金曜日、私が施設に洗濯物を取りに出かけたのが 午後のおやつの時間に かかってしまいました。
2階にエレベーターが着いた時には お年寄りがゆっくりと 食堂に移動している姿が 遠目で見えました。 その白髪の小さな姿が 「うちのお婆ちゃんに似ている。」と思ったのですが、体がゆらゆらと揺れています。 杖を付いているようです。 
「違うかぁ~?」
車椅子で介護士さんに押されていく人、壁のポールに摑まっている人、ゆっくり歩いている人。 それぞれ ですが、ゆっくりとした流れが 食堂に納まりました。
 介護士さんは 今が大勝負で 大忙し。 声を掛けるのも はばかれるので 空っぽになっている部屋で 持って来た洗濯物を箪笥にしまって ぐしゃぐしゃになっていたベッドの周りを片付けてきました。 洗濯室で 汚れた物を袋に入れて 下の事務所まで降りてきました。

 事務所で ケアマネージャーさんがいたら 話を聞こうと思ったのですが、この時間は魔の時間帯らしく 空席が多く電話を片手に忙しそうに一人の事務員さんが 動き回っていましたので 「話は次回にしよう。」と そのまま 帰ってきたのでした。  


 「今日ね、お婆ちゃん 杖付いて歩いていたみたいよ。」
 「もとに戻ったんか
 「見間違いかもしれないけど たぶん お婆ちゃんだと 思うよ。」

 「ケアマネージャーさんに 確認してみようか
 「なんか あったら 向こうからいってくるだろう? ほっとけばいいよ。」
 「じゃあ、水曜日に見てくるね。」


 それで、今日が その日って訳です。


 「おはよう

 朝10時40分位だったのに お婆ちゃんはベッドにゴロンと転がっていました。
床暖房が暑いくらいに効いているので 入所した秋に比べて部屋が オシッコ臭く感じます。 この頃は 介護士さんからの連絡は入っていませんが 多分オシッコの失敗が多くなってきたのか 洗濯物が初めよりも多くなって臭いも強くなってきました。
 入所したばかりの頃は ゴロンとしている事は ほとんどなかったのに 今は作業や行事の時間以外に出かけると ベッドでゴロンが 多くなってきています。

 うちにいた時と 同じ状態になってきています。


 ベッドの脇に やっぱり杖が立てかけてありました。
 「お婆ちゃん、足が悪くなったの? この頃は杖を付いているの?」
 「前から 足が悪いんだよ。」
 「この間までは しゃきしゃき歩いてたよね?」
 「この頃は ずっと足が悪いだろ。」

 ????? 先週の火曜日までは 駆け足できるくらいだったよね?


 一緒に エレベーターまで送ってくれるって言うので 部屋から出ました。
 (「ほ~んとだ? なんかビッコひいてる。(これって差別用語じゃないよね?)」心の声)
 杖を付いてるし。

 途中で 初めて見かけた60代くらいの介護士さんに お婆ちゃんの様子を伺ってみました。
 「うちのお婆ちゃん、杖を付くようになちゃったんですか?」
 「ふらふらなさってるよりは 安全ですからねぇ~。 転んでしまうと大変ですから。」
というお返事。 こういう仕事の人は どうして?という部分は あんまり感じないんでしょうかね。 お婆ちゃんも うちに来る前までは ずっと杖を付いていたので 杖を付くっていう事に違和感がないみたいなのです。 

 なんだかなぁ~。

本人がいいのなら、いいのかなぁ~?
介護が始まった時に感じた不思議な感覚が 今日また しました。

 病気が行ったり来たりしている感じ?
こっちは なんか消化不良で かなり気持ち悪いのに 本人と施設は当たり前?っぽい。
お婆ちゃんを神経内科に 連れて行った時に 先生に「普通ではないので 常識に捕らわれないように…。」と言われて こっちの頭がぐるぐる回っている感覚。
 アルツハイマーって 何よ?って もがいていた時と 何か似てる…な。


 洗濯室で 洗濯物を持っていこうとすると お婆ちゃんが
 「洗濯物は ないよ。 毎回洗濯してくれてるからね。 きれいなもんだヨ。」
と 言います。
 「私が 毎回来て洗濯物を持っていって 洗ってるんだよ。」と言うと
 「あ~ら。 そうなの? それはご苦労様だね。」
ですって。 毎週2回。 ちゃんと通ってあげてるのに きっとまた忘れちゃうんだろう~ネ。

 
 今日も ケアマネージャーさんは 事務所には居られず 施設の送迎車もなかったので
忙しく訪問しているんでしょう。 電話で明日にでも 聞いてみようかな?


          




 

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2010年12月13日 (月)

天変地異 その後

 土曜日の あんな大変な騒動がすっかり治まった いつも通りの静かな森に戻ったすぐ後に 帰ってきた ダンナ。

 あんなにいっぱいいた作業の人達や 作業の車も仕事が終わると いっせいに帰っていきました。 停電も終わっていましたが 森の中は真っ暗で それはプロの作業員さんたちなので 大物はテキパキと片付けて行ってくれましたので よく見ないと 松が倒れたなんていう気配も見えません。

とは言っても 一応 松が電線に引っかかっている写メールを 一枚すぐに送っておいたのに 小さい画面ではその切羽詰った緊張感が 凄さが伝わらなかった~?

 開口一番、
 「大変だったんだって~?」 
( ̄ー ̄)ニヤリ と笑いました。

それが、なぜかムショーに腹が立ってきました。
ここで暮らして 26年。
今までで 最悪最低の 大変な事態だったのに~
その笑いは 何よ~!      
地雷を踏んだ 


 土・日曜日はダンナが 留守だったので 片付けは大忙しだった。
とにかく週間天気予報では 月曜日にマークが出ていて こういう当って欲しくない予報とかは 本当によくあたるのだから。
庭中に広がった 松の小枝は 何本門松が作れるやらと思うほど。
松が倒れ掛かった うちの落葉松の枝も 松の枝と一緒にバシンバシン あっちこっちに落ちていて 拾い集めるのも大変でした。
 なるたけたくさん片付けようと思ったのですが とにかく大きな木で
大物はチェーンソーで切って貰わなくては 全然手に負えません。

 メグタの日よけ用の物干し場は 思った以上に被害が大きくて トタンが計4枚 穴やひびが入ってしまっていて 交換しなくてはなりません。
 あ~あ(ため息)

 よく 生きてたよなぁ~。
Img_6743_2
 これが 中電のお兄さん達が 約2時間かけて 切り落としてくれた松の木です。
人間が隣に立つと こんなに太くて大きな木だったんですよ。

 これが屋根に…と思うと こわ~い。

 「不幸中の幸い」とか 「九死に一生」なのかも しれませんね。
あ~あ、くわばら、くわばら~!



 今朝 ダンナに雪が来る前に
「あれをなんとか 片付けてよ。」と きこりに取り掛かって貰ったものの この大きな木から枝を取り払って貰う作業が 終わるか終わらないうちに ついに 雪がやってきてしまいました。
 これで 2~3日でまた暖かくなって 雪が溶けてくれれば また片付けることも出来ますが このまま冷え込んで雪の日が続いたら 春までこの状態は続きます。


 あれを見るたびに 「くそ~」と思ってしまうので
細かく切り刻んで 薪ストーブで燃やしちゃえ~って 思っていたんだけど なかなか思うようにはいかないみたい。 お天気には 敵いませんよねぇ~。


 という訳で 外はいつのまにか真っ白の世界になっています。
こんな時は 好きな音楽でも聴いて…。

 そうそう、一昨日のマイケル・ジャクソンが いいね

マイケル・ジャクソン
Duet with Akon-Hold My Hand




マイケルのPVは ホントに素敵。

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2010年12月11日 (土)

天変地異

 今日は iGoogleで マイケル・ジャクソンのHold My Hand の動画が掲載されていて
 「今日のブログは マイケルにしようかなぁ~?」
なんて 考えていたら それ所ではない 大事件が発生してしまいました。


 午後3:00過ぎのこと。
穏やかだったお天気が 一気に悪天候になってきました。
メグタの散歩に 出かけたけれど、ポツポツと 冷たい雨が降ってきたので 大急ぎで 家に帰りました。

 さぁて   でもと思っていると 雨は収まったのですが 代わりに 突風が吹き始めました。
 冬の嵐のようです。 メグタは庭がいいというので 外につないでありました。

すると 竜巻かなと思うほどの最強の~   


ドカドカ~ン 
ミシ、ミシ  バリバリ、バリ  
ギャイ~ン
(メグタの悲鳴)

 急いで 様子を見に出てみると アブネ━━Σ(゚д゚;)━━!! 
メグタの居たベランダの日よけのトタンに 松の枝が刺さって大きな穴が開いている。

Img_6571

  なんと 隣の林の赤松が 半分の高さの所から パキンと折れて うちの電線に引っかかって 今にも 電線を切ってしまいそうな 

Img_6564    折れ曲がっている松の木は うちの落葉松に引っかかって かろうじて 止まっている感じで 一応は留まってはいるものの まだまだ 突風はおさまってなど いなくて 時々 思い出したように ボワァ~と やってきて
 森を揺らします。

 「怖いよ~!」

 「電話、電話。 中電に電話をしなくては…
 と思い立ち 
 「電線が切れそうです。 大至急来て下さい!」

 ところが、初めはお気楽な中電のお兄さん。
 「今日は 休みなので 業者さんがつかまらない」とかなんとか …。

 「木が倒れそうなんじゃなくて、もう折れていて 電線に引っかかっているんですよ。
この辺り 全部停電しちゃいますよ。 とにかく大至急 見に来て下さい。」

 
 そうして、見に来てくれたのが PM3:50過ぎ。



Img_6574_2

 中電のお兄さん 曰く、
 「電線があって よかったですねぇ。 なかったら屋根に直撃でしたね!」だそうです。

 「暗くなって申し訳ありませんが 業者と相談して 夕方5時位までには 木を切りに こられるように手配をします。 これは今日中に 終わらせないとまずいですね。」


 でしょ、でしょう? このまま、夜になって また竜巻みたいなのが来たら どうなちゃうか
わかんないでしょう? いくら小さくて ボロッちくても 我が家だからねぇ~。
つぶされる訳には いかないよ…


 時間より少し早く 工事の車は やって来てくれました。
高所作業車が2台。 クレーン車が1台。 作業員の人たちが乗ってきた車が2台。



Img_6603

 辺りはもう真っ暗。 投光機を4台 四方から照らして 作業が始まりました。



Img_6633

 10m以上もある松の木は 冬でも葉っぱが落ちないので 頭の方から少しずつ 切り落としていくのです。 切り落とされた枝は 地上に落ちると とっても大きくて これが直撃したら やっぱり やばかったかも。



Img_6727


 地域を停電させてから 始まった工事は5時半から7時まで かかりました。
7時過ぎには停電も終わり 庭には夜なので片付けきれなかった たくさんの松の枝が 残されました。


 中電の人達は とてもテキパキと 仕事をこなしてくださり 本当に感謝感謝です。
始めっから ずっと 停電なので家の中よりも明るい作業現場で 見学および撮影を していましたが、6人の頼もしい男達が てきぱきと掛け声一つで 動き回っている姿を見て 彼らが電気を守ってくれているんだと 思いました。


 困った時にだけ姿が見える中電の皆さん、本当にありがとうございました。
本当に助かりました。


  自然の天変地異には どうしようもありません。
先日見た「2012」の映画の中では、他人事ですが たった1本の木が 突風で折れて倒れただけで こんなに 怖いのだから
温暖化で 自然が一気に壊れたら どうなってしまうんだろう?

 

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2010年12月10日 (金)

雪の朝

 昨日の夕方から 本格的に降り始めた 雪。
    

 今朝は すっかり 山も野原も 綿帽子をかぶって
朝日が雪の山々を ピンクに染め上げました。

 とっても 綺麗なので ぜひ ブログに載せておこうと
メグタを連れて デジカメを片手に いつもの原っぱへ。

Img_6435
 冬の朝は ずいぶんと日の出が遅くなっている。
これで ちょうどAM7:00頃です。
日の出って 気温が一番低くなるんじゃないのかな~?
真っ赤に染まる日ほど 寒い気がする~

Img_6454  
 
 朝日のあたる冷たい光の中を 原っぱへ。
この辺りで メグタに 逃げられた。
だぁれもいないので とりあえず こんな綺麗な朝はめったに巡り合えないので
カメラを構えたままに。
 「イヤッホ~」 メグタは これ幸いに 雪の原を 走る走る

Img_6464

 雪の北アルプス。大滝山。 綺麗でしょう  

 最後は 落葉松に雪が着雪した ところ 
真っ白い 花が咲いたようです。 でも、気温が上がると すぐに溶けてしまうので
朝 AM10:00には 元の淋しい 落葉松に戻ってしまいました…。

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2010年12月 9日 (木)

塩尻に行く

 今朝は 本当に寒かった 
 「今年一番の寒い朝…」と 朝の天気予報でニュースキャスターの
お姉さんが 話していた通り うっすらと初雪が
 

Img_6405

 こんな寒い日に 塩尻に出掛けてきました。
今日の9時までに ダンナが 免許の更新で塩尻にある運転免許センターに行くと いうので 
 「じゃあ、わたしも 塩尻へ~。」と。



 平出遺跡というのがあるんです。
ずっと 以前(何十年も前です)に 出かけた事がありました。 
けれども その時は 確か堅穴式の古い古墳らしきものが 一つポツンと建っていただけでした。

 ところが 今年の8月に ダンナが
 「平出遺跡に 行って来たゾ。 広くて 結構 すごいぞ~!」と
言うではありませんか。
 「遺跡が一個しかないのに~?」
 「いっぱい復元されていたぞ」
 「そーなの?」


 私は 浜松市の出身で 浜松と言えば 
「三ケ日原人」でしょう。
なんてったって 歴史の教科書にも載ってるし…。
浜松の「蜆塚遺跡」や 静岡市の「登呂遺跡」に 子供の頃から
見知っていた私には 以前出かけた時に 小さくて物足りないイメージが ずっと 残っていたのでした。



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 これが 私の 記憶に残っていた「本物の昔からあった平出遺跡」です。
今も 公園の中で しっかりと 昔のまま佇んでいました。



 そして これが 現在公園として 復元されている堅穴式の古墳跡です。

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 北風のビュービュー吹く寒い日で 山の方にある博物館裏の 古墳に辿り着いた時には
雪が 降り始めてしまいました。
 


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Img_6335

 山道には慣れているとはいえ 古墳のある薄暗い知らない道を歩いているのは
私 たった一人だけ
 それも、  傘もなく 北風と共に雪が 頬を冷たく刺す…。
途中には「熊 注意!」の 看板さえも立ててあって。
 「わたし、どうするの~?」
でも、引き返すには ちょっと 悔しいなぁ。 と、思いつつ 山の中の古墳も
遺跡も しっかり 見てきました。
縄文式・高床式 いろんな種類の 復元住居があるんですねぇ~。

 

 途中 こーんな 立派なお家や


Img_6316_2  こんなに素敵な家並みの通りを抜けて 行くのです。 

 
Img_6323_2



この お屋敷道は ちょっとわくわくしました。




 そして、緑色の平出の泉

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 ダンナが言うには 
 「夏はもっと水量があって もっともっと 綺麗だった。」のだそうです。
 水位は下がっていましたが 十分綺麗でした。
水面に 鴨が寒そうに浮かんでいました。

 写真では 見えませんが 雪がヒューヒューと ホントは舞っているんですよ。
本当に 凍えそうな山道でしたが 国道まで戻ると 青空、太陽まで出ていました。


 ダンナの講習が約2時間。
待ち合わせた駐車場で 車に拾ってもらいました。


 帰りに ワイン工場へ。
12月5日に 売り出したばかりの 今年のワインを買いに寄りました。


Img_6400  

 まだ、地元でしか 有名じゃないのですが
知る人ぞ知る 「城戸(きど)ワイン」です。 売り出したばかりなのに
もう そろそろ 売り切れ御免なのだそうです。

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 夕食後に さっそく 飲んでみました。
甘くて 葡萄の香りが 口いっぱいに広がる ジューシーなワインです。
 わぁ、美味し~い
 軽い飲み応えなので 飲み過ぎないように気をつけなくっちゃ ね。

    

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2010年12月 8日 (水)

ジョン・レノン

 今日は 12月8日。
ジョン・レノンが ダコタハウスで銃殺された 命日です。

 昨日のBSジャパンで 「誰がジョン・レノンを 殺したか?」という番組をやっていて
久しぶりに 「イマジン」を 聴きました。

 ジョン・レノンが 撃たれたのは 1980年。
ちょうど 私たちが結婚した年の 寒い冬でした。

 ニュースで流れた時は(リアルタイムで知っているんだから 歳がばれるよね)
本当にびっくりしました。
ビートルズは あの頃の時代の ヒーローで、 ジョン・レノンは いつでも
話題の人でしたから。
 若者なら 知らない人はいない 「ビートルズ」でしたし
ヨーコ・オノとの 話題もつきない マイケル・ジャクソンみたいな
スーパースターでしたからね。


 あれから もう30年。 やっと、真実を語れるだけ 時間が流れたんでしょうか?

 少し 時代を急ぎすぎたんでしょうね。
今こそ 「イマジン」の時代なのに…。
平和を 歌う人達は なぜか 生き急ぐ気がします。
本当に 残念です。


そうそう、今日は 「真珠湾攻撃」の日でも あったんだそうですよ。
そっちの方は、69年も経った そうです。

 政治家は そんな日本の歴史は あんまり 堂々とは 語りませんね。


 どっちにしても 12月8日は アメリカにとっては 不名誉な日なのかもしれません。

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2010年12月 7日 (火)

ついに 登場 2曲目

 「やった~!」と
喜びついでに もう一回 練習しとこうかなぁ~ヽ(´▽`)/

隠れた名曲集が No.1~No.4まで あったので
なんか どれも 捨てがたい…し。

 2回目ともなると 完ぺきじゃん

 肌寒い 原っぱを 歩きながら
今日は きっと ミスチルを 口ずさんでいるだろう な~

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ついに 登場!

 音楽の動画が欲しいなぁ~
自分の好きな音楽を 取り付けたいなぁ~と ずっと 思っていました。


 やいちゃんから ついに 音楽の取り込み方を 伝授されました。

 それじゃあ、お試しにいったい何を 取り込もうか~


 「やっぱ、Mr.children しかないじゃん」

というわけで 恐る恐る やってみましたが、 やれば 簡単~

 「やったぁ~ できるじゃん





 今月は 新しいCDも 出ていますが
こんな 古きよき名曲も 捨てがたい…のです。

何回聴いたか わかんないくらい聴いていた曲なのに
一曲ずつの タイトルが思いだせない~?
そんな ミスチルの曲が いっぱい。

 ずっと 癒されてきました。


 やいちゃん、出来ました
ありがとう、バッチリ だよ。



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2010年12月 6日 (月)

フリスビー

 先日、ダンナの誕生日にあげた DOG用のフリスビー。
ついに 今日は メグタの初フリスビーです。

 お気に入りになれるかな~   フリスビー

Photo
 
 ジャンプも ソフトボールのキャッチも 小さな時から遊びでやっていて 上手に出来るので 初めての フリスビーも すぐ遊べるだろう、なんとかなると思っていたら
これが けっこう 犬にとっては 難しいものらしい。

 
 今は お散歩紐を 2本つないで 短い距離で練習することにしました。
嬉しくて 紐なしでは 庭を走り回ってしまうのです。
そのスピードは 速すぎて 捕まえようとすればするほど 喜んでぐるぐる回ってしまいます。 
フリスビーに慣れるまでは 紐を持って逃げないようにして 遊ぶことにしています。

 
 初めは フリスビーを放り投げると メグタも一緒に ジャンプしてしまって 下に落ちたフリスビーを拾って持ってきます。 メグタのスタートとジャンプのタイミングが同時なので どうしても フリスビーの方が遠くに飛んでしまうのです。 
 短い距離で ボールを投げて遊ぶ時みたいに 投げてみる事にしました。
すると、けっこう 上手に取ることが 出来るようになりました。


Photo_3
 
 思わず 「やったー」 
 
 一回 上手に取れるようになると メグタにとっても 「これは面白い」
と わかったようです。
 投げる度に どんどん 楽しくなってきたようです。


Photo_4

 何十回も ジャンプして へとへとになって 「もう疲れた~
という気持ちになった時に 自分から地面にクタ~となりました。



 どうやら フリスビーは メグタの お気に入りの遊びになったらしいです。

 
 これから 毎日 少しずつ飛ばす距離を伸ばしていって
雪が降ったら 放し飼いで 誰も来ない雪野原で ビュンビュン
カッコよく フリスビーを やろう 

 ささやかな 楽しみが増えました。

  

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2010年12月 4日 (土)

環境が変われば 考え方は こんなにも違う

 最近 特集番組や新聞記事に 介護の内容のものが 多くなってきたような気がしています。 けれども それは わたしがその情報を必要と思っているので 必然的に 目に入ってきているだけなのかもしれないし 年々増加している老人問題が そろそろ他人事ではないと思える人の人口が増えているっていう事の 表れかもしれません。

Img_6115

 この写真は 12月2日の朝日新聞の生活欄に載っていた記事です。
読者の投稿記事「ひととき」というページに掲載された文章に寄せられた手紙やメールの内容を 記事にしたものです。

 asahi.comに 同じ記事が載っているかと思って HPを探してみたのですが 地方版用に編集しなおしてあったのか 地域によって掲載時期が異なっているのか 
HPでは見つけることが出来ませんでした。

 その記事は 「父の塗り絵に胸痛む」というタイトルです。 

認知症で要介護1の父親が ディサービスを体験しに行って 画用紙に大きなキノコが二つあるだけの塗り絵を持って帰ってきた。 
それを見た途端、胸が締め付けられ激しい憤りを感じた。 まだ 判断力もあるのに まるで幼稚園のようだと_(略)
 すでに他界した義父が あまりにも子供っぽいと腹を立てて利用をやめたこと_。
10年たっても何も変わっていない_(略)


 こんな内容でした。 共感の意見と 介護の現場の方の意見も載せてありました。


 立場が変われば 考え方も違う。
 
 
 自分の最愛の両親だったら たくさんの方が共感の手紙やメールを頂いたという記事の内容からしてそういう風に感じるんだと 逆に 感心させられました。

 
ちょっと 違うんだな~ (゚0゚)

 うちの義母も ケアマネージャーさんから 紹介されて お試しディサービスに 数箇所出掛けました。
その時も、この記事と同じように カレンダーの塗り絵を作って頂いて帰ってきました。
7月の大きなひまわりの塗り絵でした。 黄色とオレンジ色のクレヨンで 丁寧にぬってありました。

 けれども、私はこの投稿者さんの考え方とは 全然ちがって いました。
 
 「お義母さん、こんなことがまだ出来たんだ。」

 
 その頃の私達には アルツハイマーが重たく圧し掛かっていて 出来る事、出来ない事、やってもいい事、やってはいけない事が 今までの常識から すべてゆがんできている日常でした。
 
 顔しか知らない全く他人同様の義母の行動は 全く想像を越えていて アルツハイマーという病気なんだと 納得しようと思っていても 
義母とは全く違う人生を歩いてきたわたし達の感じる常識と 目の前に現れた現実とは思えない義母の行動。
 一緒に暮らし始めても 自分からは口を利かない義母に こうしたらいいのではと思って やってあげている事はことごとく裏目に出て 「どうして? どうして?」の連続でした。

 
 「できるから」 「わかった」 「わたしじゃない」

会話のない生活で 義母から飛び出してくるのはこの三つの言葉だった。

 
自分勝手にやってくれて 何にも出来ないんだ~!と 思ったのは わたしの方で 義母はずっと 自分で出来ると 今だって思っているはず。
 その上 何にもわかっていない~と思ったのは やっぱりわたしの方で こっちの話は いい子のお返事と同じで 必ず納得をしていなくても 「わかった」と 言っていました。
 本当はできないから、わかっていないから 自分で始めた事が必ず失敗する。
そして 決め台詞の「わたしじゃない」


 そういう精神構造が 子育ての終わったわたし達には 最初っから多分今でも 理解しにくく 
「保育園児だって出来る事」「犬でさえ出来る事」が出来なかったりすると それ以前の義母を知らないだけに 
実の息子であるダンナが 
 「わざとやってる、昔から根性が悪い人だった」などと 叫べば 事態は どんどん悪循環に 嵌っていったのでした。

 
 そういう風に 同居する前から 食事・洗濯など初めから一切手伝わない義母に
ケアマネージャーさんが 「庭でも いじってみたらどうですか?」と 声を掛けると その翌日から 黙って草取りを始めました。 誰にも言わず唯黙ったままです。
でも、それも一瞬のことで 草ではないこれから咲き始める花を 何を思ったのか根こそぎ抜き取って 庭にばら撒いてありました。 その時は 判断できないという事すら わたしにもわからなかったのです。
 「それは マーガレットだから 抜かないで」というと 当たり前のように
 「わたしじゃあ ないよ。」

 本も読まなくなっていました。 ずっと 同じ本の同じページが 開かれています。
そんな 一日中 時間の止まったままのような義母を わたしは「宇宙人」と呼んでいました。 全然 理解不能だったのです。 
そんな時期に ディサービスで持って帰って来たのが この塗り絵のひまわりカレンダーでした。

 投稿者のお父様は まだまだ介護の必要ないレベルの軽度の方なんでしょう。
ご自分で幼稚園のようで嫌だと 言えるのならば 可能ならばディサービスではなくて 地域の老人会のようなものに 通われたほうがいいのかも しれないですが 介護1がついたのだから もしかしたら アルツハイマーの診断がでているのかもしれませんが。
 大好きな家族の認知症を 認める方が もしかしたら 全然無関係で 親子になってしまった我が家よりも 施設や職員さんに対する目も厳しいのかもしれませんし。

 少なくても 我が家はディサービスやショートステイ・長期ステイに 本当に助けてもらっています。 
きっと この方も介護度が進み出した時には 介護士さんたちの プロの力に感謝されることも多くなってくる事でしょうけど。

 
 入所している義母たちは (洗濯物を届けに行くだけの短い時間だから
わたしには 義母と話している時間より ケアマネージャーさんやヘルパーさんとお話を伺っている時間の方が長いような気がします。)
入所の時に 以前から得意だったものや趣味などを聞かれて 本人がやれそうな物を 週何回か スケジュールを組んでくださって リハビリで やっています。 
(わたし達は 義母の昔を知らないので 全く参考にはならなかったようですが…)
 先日のブログでも 書きましたが 今はクリスマス飾りや季節のものを 作ったり書いたりしています。 経験や器用さや介護度の違う人達を 上手に穏やかに指導しています。
 「ダメ、ダメ。」は言ってはいけない台詞なんです。
そこが わたしには 絶対無理っぽい。

 わたしなどは お気楽人間なので 幼稚園児のように楽しそうに笑っている義母を見ていると 至れり尽くせりで お世話をしてもらっている入所者の方は ストレスもしがらみもなくて わたし達よりよっぽど 幸せなんじゃないかと 思ってしまいます。

 在宅 特に我が家などは 義母のいる間はずっと 家中が 悲しいくらいぎすぎすしていました。 
全員がたぶん 振り回されて疲れた顔をしていたと思います。

 尊厳を求めて_という記事に なんだかなぁ~と 思っているわたし。
こっちのほうが なんだかなぁ~? なのかしら…。

 

 
 

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2010年12月 2日 (木)

誕生日のケーキ

 今日は ダンナの誕生日。
結婚してから いつのまにか 30年が過ぎた。

私の亡くなった両親と暮らした年月よりも この人と暮らしている日々の方が
ずっと、ずっと長くなってしまったということになるのです。

 ましてや このダンナの言う事には
 「俺は 母親にケーキなんて 1回も作ってもらった事がないない。」のだそうだ。

 でも、そんなの私達の親の時代なら 当たり前のことだよね?
けれど、ケーキは誕生日の 一番の象徴だと思います。
今では スイーツとして誰でもお気楽に食べられるけれど あの頃の子供時代のケーキといったら ほんとうに憧れでした。
この人の言う それは「家族で誕生日を祝う」 という生活を 経験していないという意味だったのです。

 まだ 若かった頃 初めて「誕生日のケーキ」を焼いてあげた時に
ダンナは ポツンとそう呟いたのだった。
そして それはそれは 美味しそうに嬉しそうに 15cmの丸いケーキを
ぺろりと平らげたのでした。

 それから、毎年 誕生日とⅩ’masだけは ケーキを焼こうと決めて 焼き続けています。 
 ケーキ屋さんのケーキの方が カラフルで美味しいのに 
「手作りケーキでいい。」と 頑強に言い張るのです。
今回はあれから 何個目のケーキになるのでしょうか


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 もう、50歳を少し越えて 誕生日はきっと 嬉しくはないだろうなぁ…とか
勝手に思っていたら メグタに
 「今日は ケーキが食べられるぞ
と話していたので 幾つになっても 自分のケーキは楽しみらしいのです

 先日 作った花梨ジャムと 林檎とバナナのケーキです。
      
2人で食べるには ちょっと多いかな~とか思っていても
ちゃんと それなりにお客が来て なくなってしまうから 不思議です。

Img_6114 
 
 喜ばせついでに メグタと遊べる ドッグ用の「フリスビー」を プレゼントに。

 雪がいっぱい降って 積もったら
原っぱでいっぱい遊ぼうね~。

    なにはともあれ、誕生日 おめでとう  

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2010年12月 1日 (水)

12月になりました ☆☆☆

 北風が 頬を刺すように 冷たくなってきました。
いつの間にか もう 12月なんですね。

 ここ数日は 体調不良で PCを開ける気分じゃなかったのですが
12月になって 後 今年も1ヶ月しかないんだな~と思うと
うかうか寝てもいられませんね~。

 
 
 
 クリスマスの季節です。 昨日 クリスマスツリーを 飾ってみました。

Img_6089
 部屋の中が ちょっとだけ華やかになりました。
スーパーも お店も もう すっかりクリスマスモードです。
買い物中は どこに出掛けても クリスマスソングが流れているので
知らず知らずのうちに 一緒に歌っていたりして 
 「洗脳されてる~


 今日は 施設に洗濯物を取りに行く日。

 調子が悪いのは 風邪なのか(熱も咳きもないのですが 頭痛がするのです、だるいのです。)、年齢的な更年期なのか
判らないから 食事時に こっそりと会わないですむように
行って来ました。
 「家族が体調不良の時は 来なくて結構です。」と
施設長さんから 言われていましたが 
かといって 他に頼める人もいないので しかたありません。

Img_5716

 ここも、壁や通路に クリスマスの飾りが 一杯貼ってありました。
先週、工作の時間に 当たってしまい
 ヘルパーさんに
 「今日は クリスマスの飾りをみんなで 作っているのですよ。」と
説明してもらいました。 折り紙で 何かを作っている所でした。

 「元気~?」と
沢山のお婆さんが 帰りがけに手を振ってくれました。
義母も 
 「また来てね~!}と 手を振っていましたが
これって 私が判ってる?のか 
その他大勢のお婆さん達と 同様にご挨拶なのか?と
思いつつ 洗濯物を抱えて帰ってきました。

 その折り紙の飾り付けです。     
認知症は いろいろ忘れてしまうんだけれど
その場で教えられた事は 作品を見た限りでは 結構 どの人も上手に作ってあります。
 根気よく 見守ってあげたら 本当はいろいろ出来るんですよね?
ただ 自宅にいる場合の家族には 時間通りに
お世話するのは 並大抵の努力が必要です。
一人じゃ これをしようと思っても 小さな子供と違って
大の大人をこっちの思い通りに行動させるという事は無理な事が 多いです。


 ケアマネージャーさんに お話をお聞きすると
食事の食べ残しは 他の入所者さんが ほとんど残さずに食べた日は
同じように周りを見て 食べるんだそうです。
 「たくさんの方に 引きずられて行動しているみたいな所が どの方にも見られますよ。」
なのだそうです。
 「なので、ここの施設では「家に帰りたいか?」という言葉は
いっさい職員さんは 口にしません。 一人が帰りたいと言い出すと それが全員に
伝染してしまって みんなが 帰りたいモードになってしまうのです。」

 「だから お母様も 帰りたいとはおっしゃいませんよ。」


 
 12月の寒い風が 心の中まで 寒くする。
いつまでたっても 義母宛の訳の判らない 請求書がポストに転送されてきたりすると
余計に 寒さが身にしみてくる。

 帰ってくるまで 余分な雑念は気にしないようにしよう、
考えてもどうしようもない今は 考えるのはやめようと思いながら
暫くの間でも お気楽に過ごしたいと気分転換してみても
ケアマネージャーさんや 請求書や
市役所からのお知らせや 現実は忘れることさえ 許してはくれないらしい。



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