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2011年2月 4日 (金)

今日は 市役所

 昨日 ずっと返事待ちの 市役所介護課からの封筒が届きました。

 「ついに 来た~!」的な 気持ちです。
おそる、おそる封を切りました。

  「やった~!
 変更なし」 でした。

 夜、帰って来たダンナに 市役所から来た緑色の封筒を手渡しました。
ニコニコしちゃあ いけないと思って さりげなくです。
 ダンナは一瞬 ギョッとした顔をして 封筒を受け取りました。

 「大丈夫だったなぁ! 本当によかったなぁ。」
苦虫を潰したような顔で 封を開けたダンナの顔がサッと明るくなりました。
これが 私たちの本音です。
 去年から始まったアルツハイマーの義母との理不尽な葛藤、徘徊、やるせなさ。
ケアマネージャーさんの助言と介護保険制度との格闘の末、やっと入れた介護施設でした。
変更されると 家に帰されてしまいます。 
ダンナと義母の確執は 日に日に大きくなっていっています。 
入所しているからとか、アルツハイマーだからとかで 魔法のように消えてしまうものでは ありませんでした。
 「親子なんだから」と言う言葉が 有効なのは育った環境が 大きく物を言うのでしょう。
帰ってきたら 爆発してしまいそうでした。 ホッとしたのは 私も同じでした。
6ヶ月前の悪夢が またやってくるのは こちらがたまりません。


 これで義母は 当分ずっと今の施設に置いてもらえます。
肩の荷がぐっと軽くなりました。 ケアマネージャーさんが きっと頑張ってくれたからだと思いました。 
 本当に感謝、感謝です。 
これでまた、義母の関係者からは 非情だと私たちは批難されるでしょう。
けれども、義母にとっても私たち夫婦にとっても これが家族にとって一番の幸せの解決策なのだから 誰がなんと言っても言われても こうするより道はないのです。

 「福豆」のご利益は こうして数時間後に 「恵方巻き」の恵みは 今日に繋がりました。

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 それと同時に 確定申告の医療控除を申請した方がいいと 市の広報に書かれていたので ついでに 介護課に行って 申請の疑問のいろいろ話を伺ってきました。
 どうせ義母は自分では 申請の手続きなんか出来るはずもありませんし。
去年は自分でも 民生員さんにでも ちゃんと申請しているような書類は見つかりませんでしたから。

 なんといっても 今年の3月に入院した時点で 入院費用が10万円を越えています。
紙オムツや尿取りパット、医者にかかった費用だって 1割負担というもののトータルすれば かなりな金額になります。 
それを無一文だった義母に私の貯金で立て替えました。
 ダンナには 融通できるお金はほとんどなくて かといって退院させないことには どうしようもなくて 仕方なく実家の父から貰ったわずかばかりの相続の貯金をまわしました。
悲しい事に そのお金は未だに回収できていません。

 義母は 私たち夫婦とも今回倒れるまで 没交渉でしたが、私の実家とも完全没交渉で 私の父の葬式にも出なかった人です。
 「なんで? そんなお義母さんに 貸してあげる義理もないじゃん。」
って 妹に言われましたが 正直言って ホントは私だってそう思いました。
 引き取る事だって 拒否する奥さんだって いっぱいいるそうです。
が 病院にずっと入れておく事も出来ず 仕方のない決断だったのです。

 施設に入所している費用は 医療費控除に入れることが出来るそうです。
8月から5ヶ月。 年金のすべてがこちらに流れます。
けっこうな金額になっています。
紙オムツも それをしないと日常生活に支障が出るという事を かかりつけの医師に書類を書いてもらえば 領収書で申請できるということです。
 入所している費用は 年金で回るように手を尽くしたのでしたので 回転するようになってきました。 
持ち出しのお金も時々ありますが その費用が少しでも返ってくると ずい分助かります。
 

 わざわざ 介護課に行って聞いてきた甲斐がありました。
介護課のハンサムなお兄さんは とっても親切に私の質問に きちんと答えてくれましたし。

 ちょっとずつですが なんだか「いい方向」に 動き始めてきました。

 やれやれ、です。

Img_7796 


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コメント

うっちゃん様・よかったですね。
お義母さんの関係者から・・・そんなことは気にされる必要も義理もないでしょう。よく「老父母は長男の嫁が看るのが日本の美風」なんていう人がいますが、長男の嫁(あなたもそうですね)はお義母さんとは「他人」です・・・私は4年前まで
母(実の母)の介護を足掛け7年やってました。
 母が介護を必要とするようになった時は私の妻が亡くなっってからなので、妹たちもさすがに私に介護をしろ・とは言いませんでしたが、私の子どもたちがみな独立して家を出て行ったら、それこそ「長男の嫁が・」とばかり(嫁、居ないのに)私の家に母を送り込んできました。私にできるかなあ・と心配だったのですけれど、そこは妻が死んでから何年も家事一切をやってましたから
なんの事はない・こどもたちの面倒を見ていたときよりはるかに楽・・・何よりいやだったのが「口は出すけれど手はださない」妹・・・一時は絶縁まで考えました・・・・・

 いろいろ人様の書かれた「介護」の本や記事を
よみますけれど、「介護」の大変さ・は本当は周囲の人たちの理解の不足ではないか・と思っています。
 

投稿: J.I | 2011年2月 5日 (土) 01時20分

JIさま。コメントありがとうございます。
ケアマネージャーさんが頑張ってくれているおかげで 我が家も少しずつ落ち着いてきました。
こちらが必死の時は 全く手も足も貸してくれなかった人達が(気づかないのは当事者ばかりで世間様は よーく見ているらしいです)口を出してきます。
けれども こちらからはそういう人達と話すのはストレスが溜まる一方なので 自然消滅させてしまおうと考えています。
私たちには 施設に義母を預かって貰っている事だけで精一杯の親孝行だと 考える事にしました。
 今は施設もインフルエンザが流行っているので菌を持ち込まれては困ると言う事で 
面会もほとんど禁止状態なのですが
ケアマネージャーさんの話だと 家族の事は一切口にしないそうです。 
他の人と違って お正月や冬休みなどでも帰りたいと口にしないのでとても扱いやすい入居者みたいです。
病気と疎遠だったことで 去年の騒動はどんどん記憶から消えていっているようです。

投稿: うっちゃん | 2011年2月 5日 (土) 23時21分

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