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2011年9月

2011年9月30日 (金)

お試しでーす

もうすぐ 入院。
3週間だからパソコンは使わない事に決めました。
でも なんか寂しいな~と 思っていたら 娘が
モブログで書けばいい」と 簡単な使い方を伝授してくれました。

それで お試し~
o(^^o)(o^^)o

ちゃんと投稿出来ますように…o(^▽^)o

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2011年9月29日 (木)

久しぶりの…

 9月末の国民健康保険の切り替えで 新しい保険証を届けに 久しぶりに お義母さんの施設に出かけてきました。
足が悪かったので 20日頃に面会に行こうと思っていたけれど 自分の治療のために 今月は まだ出かけていませんでした。 その間 施設からは留守番電話が数回 私の携帯にかかってきていました。
  「一気に寒くなったので 冬物のズボンが欲しいそうです。 
実はトイレで この一週間に数回そそうをしてしまいました。
 本人はズボンが小さくて嫌だと申していますが そそうのせいで 今はそのズボンははきたくないようです。 
しばらくは 同じことを繰り返して嫌だと言うと思いますので 今度 違うズボンをお持ちください。」との事。

 「わかりました。」
足の手術のことも 施設の方にお話してこなくては これから1ヶ月間は 留守番電話に何回掛けてくださっても 誰もこんな事で 施設に通ってくれる人はいませんからね。

 窓口で 担当のヘルパーさんが駆け出してきて
 「どうなさったんですかぁ? 大丈夫ですかぁ?」と 担当じゃないたくさんの ヘルパーさんまで 出てきてくださいました。
 「実は またやっちゃったんです。 今度は本格的に手術をして 完治してきますから…。」というと 皆さん ここに入れてもらえる原因でもある去年の事故を 思い出されたらしく 
 「わかりました。 きちんと 治してきてくださいね。」と 励ましてくださいました。

それから 2階の入所者の部屋へ。
主任介護士さんに 事のいきさつをお話して 何かあった時の緊急連絡先を 私ではなくダンナにしておいてもらうように 変更しておいてもらいました。
着替えの大荷物は リュックに入れて背負っていったのですが ヘルパーさんが片付けて置いて下さる事にしてくれました。

 お義母さんは 入浴がちょうど終わった所で 補助用の手押しでゆっくりと歩いてくるところでした。
 蒸気して 健康そうに見えます。
今日は 近づいていくと すぐに気付いて

 「まぁ、久しぶり。 〇〇ちゃんも 足に怪我をしたんだね~。」と 
松葉杖の私を見て 怪訝そうに 話しました。

 「私も 足が悪くてなぁ。 こんなのを押さないと 歩けなくなってしまったんだわ。」と
同士を見つけたように 嬉しそうに笑いました。
怪我してるのに ここで笑う?のか~

 義母の足は 不思議です。 
最初にうちに連れて来た時は もっと足を引きずっていて 義母の周囲の人も本人も歩けないと思い込んでいたし、その後 介護申請のために市役所の介護の審査の人が判定に来た時は 杖もつかずに 2本足でスタスタ歩いて 周りをビックリさせたよね。
それで 徘徊が始まったから こっちも大変だったんだけど。
だから 今の「歩けない!」も 明日はスタスタ歩くかも?と ちょっと正直には信じられないんだ、私。


 「だから しばらくは 顔を見に来られないけど 大丈夫だよね?」

 「××ちゃん(ダンナの事です)の ご飯は誰が作ってあげてるのかね?」
息子の心配ちゃんとしてるじゃん。
ちょっとは 母親の意識はあるんだ~?(心の声)

 「ちゃんと 食べてるから大丈夫。」
と答えると 何のことはない、自分の食べたい物がないという事が 言いたいらしい。

 「ご飯は食べてるのかね? ここは 食べるものがないからね。 私は こんなに痩せてしまったよ。」
前より ずっと ぷっくら。 健康そうですけど…??


そうだったよね。 こんな会話。 すれ違ってる。 
私のことは 今はどんな風に見えているんだか…。
アルツハイマーだったもんね。 
つい忘れちゃうけれど 今日のお義母さんは いつの時代を生きているんだろう…?
思い出していた。 一年前の息苦しい日々の事。 
この微妙な違和感に 振り回されない、気にしないことにした筈だったじゃん。

そのための施設で そのための入所だもんね。
元気で 普通そうに見えて そしてここで しっかり管理されている。 
それでいいじゃん。


 そう思っていると  お義母さんは 何事もなかったように行ってしまいました。
また自分の世界へゆっくり 歩いていってしまったお義母さんを ぼんやりと見送ったのでした。
その間 わずか5~6分。
まだ そんな短い時間でも 記憶に残っているんだよね。 
人間の記憶って 心って 謎だよね。 不思議な気がする。

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 近所のお友達から 「食べられる鬼灯(ほおずき)」を いただきました。
先日 何かのTV番組で ちょうど 同じ種類かどうかは 分からないけれど
「食べられるほおずき」を 美味しそうに食べている姿を見ていましたので 
 「ホントかね?」と 思った矢先のことだったのです。

普通「ほおずき」といったら 赤くて渋い中身を 指先でクチュクチュ 柔らかくして取り出して ただ口の中で「キュキュ」とか音をさせて遊ぶ~?か 可愛い姿を 飾って楽しむ物だったはず。
 「浅草のほおずき市」なるモノにも 以前出かけた事がありますが そんなだったよね。

ほおずき=食べるという発想は そのTV番組を見て初めて
 「それって あり?」と思ったほどでした。

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 「ちょっと クセになる味だよ。」と 持ってきてくれた彼女は言いましたが
ホント 初めての味
果物っぽい、スーツっぽいかな?
初めて ライチを食べた時の感覚に似てるかも、遠いかも…。
でも 美味しい~

 今年は北海道の生で食べられるトウモロコシや この食べられるほうずき…。
珍しい食べ物に 当たり年なのかも。
初物を食べると長生きするそうだからネ (*´ェ`*)
ちょっと 得した 気分!!




 

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2011年9月26日 (月)

再見(さようなら)! 中国!

 いよいよ 最終回。
9月7日、上海を10時に出発する飛行機に乗車するので 朝ご飯も前日よりも30分早く用意してくれることになりました。
 そして ホテルの出発は 7時15分です。

 振り返って見れば あっという間の5日間。
いろんな意味で 面白い国だよね、中国。

後で書こうと思っていた 5日間の食事はざっとこんな感じ。

初めの2泊のアスターホテルの朝ご飯はバイキングです。
中国では生野菜が食事に出てきませんので ホテルでは安心だろうと サラダばかり食べていました。 
生食用ではないのか大味の ごっついキャベツやキュウリたち。 
でもね ホテルの朝食が 一番 いつもの自分のご飯に近い物が食べられる気がする。

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 こっちは3.4泊めの グラマンホテル
さすが 4☆☆☆☆ 。
ここもバイキングでしたが 品数豊富。
ハムやサーモンが美味しかったですよ。
中国の朝は お粥。 ここのお粥も美味!
朝から 快食

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 全食付きの食事はこんな感じ。


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 このツアーのお得な「小籠包の食べ放題。」というのが これ
有名店らしいけれど 同じものが続くと 「食べ放題」っていうのは 思っているほど食べられないものだ…ぞ。

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 蘇州料理・無錫料理・おこげ料理・四川料理・上海料理。
パンフレットの食事案内は このように記入されていたけれど  ほとんど江南地域の食事のパターンは ほとんど同じです。
ご飯は それぞれ味付けは異なるものの炒飯だし、料理は必ず油がくぐってあるので
生野菜がない。 スープも何品か出てきても 香料が強く 基本的には油っぽい仕上げです。

 ツアー料金からすれば こんな食事が付いていることだけでも すごいことなのに…感謝!とは思うものの 
 「白いご飯が 食べたい。 味噌汁がいい~。」が 本音よね。


                     

 さて、上海浦東空港

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 ただっ広い 空港内を無事に審査も終えて まつこと2時間。

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 お見送りに来てくれたもう一人のガイドの張さん。
 「再見~!」「再見~!(さようなら!)」

 楽しい旅を(=^0^=) 謝謝ネ! 上海が好きになりました。
中国は広いね。 今度は北京、万里の長城に行ってみたいわ~。


 帰りの飛行機の中。
ANAの機内食は 美味しかった~
日本のご飯 美味しい~


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 そして 機内の映画は やっぱ「これじゃない?」と カンフーパンダ  を見ました。
最後 ちょっと ホロリだね。

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 楽しい中国でした。
再見! 謝謝!

 

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2011年9月25日 (日)

上海ナイトクルーズへ

 あ~あ、上海も最後の夜になってしまいました。
今回のツアーで 一番行ってみたかったのがこの上海の夜景です。

 上海=ナイトクルーズという発想は 以前 YouTubu の動画で 「上海の夜景」バージョンを見て船からの夜景は綺麗だろうな~と 思ったので きっと心のどこかに引っかかっていたんだろうと 思います。
 これは現地オプションで 230元。 
でも実際の船の入場券には100元と書かれていましたが…。
なんだか ボッタクリ された気分だよね。 
網師園の古典夜園ショーは この記事を書くために調べたら 入場料は80元でした。
これも オプション価格は270元。
私たちが歩いた山塘街の運河の遊覧代金は 150元でしたが 遊覧船は 45元でした。
私たちの不参加に決めた 雑技団は270元でしたが 実際に以前雑技団に行ったという3号車の 参加者の方のお話では 80元だったといいます。
 その上 実際に参加された方々のお話では
 「あれは 失敗だったわよね。 行かなくても良かったわね~。」と がっかりされていましたし…。
 今年5月に行った 韓国の現地オプションは バス台サービスの出血サービス品だったので なんだかとってもお得感があったけれど 中国の現地オプションは 入場料+100元以上で計算されている気がします。
さすが中国。 商売人ネ~。
 格安ツアーだから ここで できるだけ参加者から 元を取るんでしょうが…。 
┐( ̄ヘ ̄)┌ フゥゥ~


 そんなことは さて置き とにかく 上海黄浦江ナイトクルーズは 本当に 素敵でした。
ガイドさんが 「一番上の 甲板で見てくださいね。」と ひと言 一番初めに注意されました。
甲板は 船の重油の匂いも川の匂いも届きません。 多分 夏休みの終わった後のクルーズは 平日なので空いているんでしょうね。 甲板のちょっといい位置に陣取ることができました。
この写真が撮りたくて デジカメの電池をたくさん持っていったのだから。
それにしても 川面に映った高層ビルの 色鮮やかなこと

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黄浦江を約60分で周回します。

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 中央の球状の 「東方真珠」と呼ばれる塔や 左側の 「CLOUD9」 と呼ばれるビルが この上海のビル街の メインになります。
空には おぼろ月夜。 
水面は遊覧船とビルの照明で七色に輝き とっても綺麗でした。

夕方の夕日が当たるビル街も素敵だったけれど それとは全く違った夜の上海ナイトでした。

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 「I LOVE  上海」のネオンを眺めながら 涼しい幻想的な船の旅はお終いになります。
よかった~ (v^ー゜)ヤッタネ!!
 大満足で ホテルに帰りました。 ただ 街の灯りを眺めているだけで 幸せ気分なんて不思議ですよね。


 

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2011年9月24日 (土)

上海は 美しい

 中国の旅の最後を飾るのは 上海です。
上海は 大都会です。 たくさんの新しい高層ビルと 大きな高速道路、新幹線、地下鉄が 都市を 取り巻いています。 
ビルとビルの間には 緑の公園。 
大きな博物館や展示場。 いろんな国の銀行や企業も 看板を連ねています。

 ガイドさんに連れられて 田子坊というショッピング街へと案内されました。
中国に来て 初めての横断歩道と歩行者用の信号機を見かけました。
けれども この中国で1~2番目の都市の街中でも 道を横断する人は信号機が青になるのを 待っている人はいません。 車の隙間をどんどん渡ってしまいます。 
(だからね~…。 車優先になっちゃうんだよ。)

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 外国人の観光客も多い田子坊の商店街。
可愛い商品や お洒落なお店が並んでいます。 が、この街の小洒落た雰囲気と似合わない 異臭が この入口で まず鼻を付きます。
トイレのニオイ。 
 「うわぁ~!」とは 思うものの 人間の鼻って しばらく時間が経つと 慣れてしまうんですね。 いいことか・悪いことか? どっちだろう?

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 店先には どこかで見たことがある物が 結構あっちこっちに並んでいる。

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 中国っぽいお店屋さんも。

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ファーストフードのお店までありますよ。

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 お買い物中の 中学生(?)かな。 学校は休みなの? 元気に走り出していきました。

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 そして 碁盤の目の道筋を歩く田子坊の至るところに こんな光景が見えます。
ここもまた ごく普通の上海の居住区の一画なんですね。
素敵な上海と 現実の中国が同居している街でした。


 妹とお揃いの中国っぽいバックを 買いました。 
えへへ~(・∀・)イイ!  なんと30元。 安い!可愛い! 笑える~。


 その後は 上海の高層ビルが眺められるガイドさん自慢の場所へ。
外灘公園です。 
ちょうど 夕日が沈む頃で 空がうっすらピンク色に染まってきました。
ほんとうに綺麗な夕暮れです。

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 夕日が高層ビルにキラキラ輝いて 思わず見入ってしまうほど とっても綺麗でしたよ。
私も 上海でこの場所が 一番 美しいような気がします。
お薦めスポット ですよ、確かに

 「今はこのビル群は 日本の森ビルが一番高いけれど 2020年には600何mの 超高層ビルが建ちますネ。」と ガイドさんは とっても嬉しそうに説明しましたよ。

 中国人は 大きな物の一番が大好きなんですね。
この若いガイドさんの説明は まさに中国人、そのものに思えます。
同じ一番がいいのなら 「世界で初めて自分の国で 作りました。」と いう話は 聞きませんし 何かどこかで見たことある「そっくりさん」が 至るところに散乱している 国でした。

 それにしても、ここから見える上海は 地方出身の人には憧れの摩天楼なんでしょうね。


 さて、最後の夜は オプションの黄浦江ナイトクルーズへ。
その話は 次で。 (^o^)/ 

 

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2011年9月23日 (金)

七宝って すごいよ。

 旅行4日目。
上海博物館へ。


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 上海美術館は 4階建ての広い展示場なのに 見学時間が50分しかありませんでした。 ゆっくりと見て回ることは出来ないので 取りあえず 4階から降りながら 見て回ろうということにしました。
 4階は 中国民足の古代衣装や 木彫り色絵漁船などが展示されていました。3回は書画や絵画。 2階は陶磁器。 1階は 青銅や仏像が展示されていました。

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 中国のメグタ像(?)や ハンサムな仏像がお気に入り~

 それから、上海のベッドタウンと言われる七宝へ。
七宝という名前だけで判断して 七宝焼の元祖かと勝手に思っていたら
 「七宝では 七宝焼のお土産は買えませんよ。」と ガイドさんが説明してくれました。

 「以前は ここには宝物が8つありました。 だから古い名前は八宝だったのですが
ひとつなくなってしまったので 今では七宝になりました。」そうです。

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 七宝は 日本で言ったら どこだろう?
原宿の 小さなお店がいっぱい並んでいる通りみたい…かな。
人はいっぱいだし ゴチャゴチャしています。
街の中には いろんな食べ物屋さんが 所狭しと 軒を連ねています。

見たことのない肉が串に刺されて 売っています。 安いのか?美味いのか?
そこにたくさんの中国人の地元の人でしょうか、観光客なんでしょうかね。
火曜日のお昼時だったのに すごい人がいろんな店の前に並んで 買ったり食べたりしていました。 お昼時の毎日の光景なんでしょうか?

 その匂いの凄いこと。 いろんな食べ物が入り交じった匂いです。
油の匂いがきつくて ちょっと食べ物には手が出ませんでしたね。
肉を売っているお店では ハエがブンブン飛んでいたし…。

 若い女の子たちが(中国人の) 片手にお店のなんだかわからない食べ物をかじりながら 通り過ぎていきます。
何人も同じものをかじっているから
 「あれが 今流行っている食べ物なのかしらね?」と 妹に話すと
 「どこの国の子も 流行ってるものが好きなのね~。 美味しいのかね~、アレ?」


 小物屋さんや お土産屋さんも 10元とか20元とかの商品が多くて 今まで私たちが連れて行かれたお店なんかと比べたら 0が一つ少ない桁ですよ。
メチャ 安い。 一般の中国人は こういう所でお買い物をするんでしょうね。


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 庶民の街、七宝。 至るところに 地元の住人がいて お買い物をしたり、食事をしたり、立ち話をしたり 将棋を指したり。
火曜日の昼下がり。 中国の商店街は 音楽じゃなく人のざわめきが 聞こえてきます。

 道路のあっち側とこっち側で 大きな声で話し合うお爺さんたち。
喧嘩しているのかと思うほどの大声で怒鳴っているのに 最後に笑っているらしい。
中国人気質なのかな。 とにかく 人間がいっぱいいる感じ。

 その 底辺のパワーが 中国を支えている気がする。
七宝は そんな圧倒されるたくましさが 垣間見えた町でした。

 私は 多分 ここには住みなさいと言われても きっと住めないけどネ。

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日本列島 台風 お見舞い申し上げます。

 9月21日 台風15号 日本中に猛威をふるいました。
大雨や強風 土砂崩れ等 被害にあわれてしまわれた 皆さん。
お見舞い申し上げます。

 この日 私は 佐久市の病院へ。
それも 足の補助器具を取り付けていただくために 
 「夕方 4時半より少し前に来てください。」と時間指定まで受けていたために
安曇野を午後2時前に 出発しました。

 外は 台風の雨が本格的に降り始めていました。
 「ちょうど 佐久に着く頃に 台風が上陸する時間かもな。」
 「大丈夫かな?」
 「三才山トンネルが閉鎖されたって話は 聞いたことないから行けるさ。」


 安曇野よりも 上田や佐久に近づくほど 雨はますます強くなり 車も強風で揺れます。
信号機が 風で ユサユサしています。

 「スゴイね。 峠道を通らないと行けないんだよね?」
 「ずっと遠回りするなら 道はあるけど 台風っていうのはどっちを通っても変わらないっしょ?」

 峠道は 途中で水量が多過ぎるのか どこかで道がえぐれてしまったのか 水がダーダー流れ出している場所が数箇所ありました。

 せっかくたわわに実って黄金色になってきた稲が 豪雨で倒れて波打っています。
先週の連休で 稲刈りを終えた田んぼは ビニールのかかった稲架が はためいてはいますが 水に浸かることはなくて 力強く立っているように見えます。
この1週間で きっと明暗が分かれるんでしょうね。


 さて、4時に 病院に着きました。

駐車場は 大雨で私は 松葉杖ではとても 歩けそうにないので 入口で下ろしてもらって受付を済ませました。
後は 待つのみです。
 「早めに来てください。」と言っていた 器具のおじさんが台風のせいか
5時過ぎにやって来て 結局 検診が終わったのが6時過ぎてしまいました。


 待っている間に 待合室のTVから流れてきたニュースが聞こえてきました。
 「浜松に上陸しました。 馬込川がはん濫。 中区と東区に避難勧告。 4万人…。」

 「聞いた?」
 「うん。」
 「浜松だって。 中区ってうちんとこじゃん。 避難勧告って言ってたよ。」
 「うん。」
 「昔、うちんとこ 台風で床上浸水したことあるんだよ。 だいじょうぶかな?」
 「うん。」

 「携帯、車の中に忘れた~」


手術の説明を先生に伺って 看護婦さんに持ち物や注意事項を教えていただいて
帰路に着きました。
 帰りの車の中で 妹と姉に「大丈夫?」メールを送りました。
東区の妹からは 「もの凄い雨だったけれど 全員無事。大丈夫。」の返事がすぐに
届いたけれど 実家の姉からは 何の返事も帰ってきません。

 「避難したのかな?」

 帰り道も 上田を越えるまでは 暴風雨でした。
家路に変える車が多く けっこう帰宅時間を過ぎているのに 車は渋滞していました。
松本に入って 雨足はかなり弱ってきました。
台風は そろそろ 北へ移動したんでしょう。

 
 家にたどり着いて 遅い夕食を食べ 台風情報を見ていると
 「池袋、渋谷も電車が全線 止まっていて帰宅難民が続出…。」
なんて言ってるじゃあありませんか。
 妹も、へたすると 娘も~?
と思ったけれど もうどうする事もできませんよね。

 10時過ぎに 浜松の姉から電話が掛かってきて
 「避難していないから 大丈夫だよ。」と言っていました。
でも、「あちこちで電線が切れて 停電して 信号機が消えていたり 屋根が飛んでいる家があったりで 家に帰るまで心配だった。」そうです。
 「こんなの初めて。 怖いよね~。」

 今年は 天変地異が続きます。
これでもか、これでもかと 各地域で苦しんでいる人がどんどん増えています。
こんなはずではなかったとか 想定外とか 信じられないとか。
そんな言葉で 済ますことができない 大きな自然災害が 突然やってきます。


 東京の妹とは 今日 さっき電話で話しました。
雨の中 3時間も駅で待ったそうです。 
 「壊れた傘は駅にはん濫しているし 雨で体は濡れちゃってるし 電車はいつ動くかわかんないし~、地震の時は歩いて帰れたけれど 台風は歩いて川に架かっている橋を 渡れないじゃん?
風も雨も強いし 傘はさせないし 吹き飛ばされるかもしれないもんね。」
 で、今日は頭が痛いそうです。 風邪ひいたのかな。

 娘は 昨日は仕事がないって言ってたことを思い出したので 安心です。

 でも まだ9月の後半。
まだまだ 10月いっぱいくらいまで 台風の季節は続くんですよね。
安心してはいられないです。

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2011年9月20日 (火)

中国茶は やっぱり美味い♥

 烏龍茶、杜仲茶、鉄観音茶、茉莉花茶
今の食卓には たくさんの中国茶が 顔を見せます。

 「中国に行ったら 中国式にお茶を飲んでみたいな~

そんな思いが 密かにあったのですが 今回は自由行動が全くと言っていいほど なんにもないツアーです。
パンフレットに書かれているショッピングという文字は ツアーと提携しているこの国の推奨店でのお買い物ということで
自由散策の時には 「物を食べない、物を買わない」ように 仕組まれているように感じています。
これって考え過ぎ?でしょうか?


 自分でちょっと素敵なお茶店で お茶をチョイスしてもらって…なんてのは無理でしたが
このツアーにも  お茶屋さんで試飲という ちょっと嬉しいお茶会が ありましたよ。

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 このお茶屋さんの試飲用の 大きなテーブルに20人くらいずつ座らされます。
TVなどで よく紹介される小さい茶器に 次々と注がれる茶。
私たちのテーブルの このオジサン(社長さん?)が このお茶屋さんの一番のベテランの職人さんらしく 説明の仕方もお茶の入れ方も 日本語も上手でした。


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 どのお茶も とっても美味しかったのですが オジサン(社長さん?)が
 「ドレデモ好キナモノヲ 何杯デモ オ代ワリシテ下サイ。」
と 言ってくれたので 一番初めに 試飲した時に
 「わぁ、美味しい!」と感じた 鉄観音茶(テツカンノンチャ)を いただきました。
茉莉花茶(ジャスミンチャ)は 茉莉花の乾燥花を入れた本格的なお茶でした。

 「日本ノ烏龍茶、ジャスミン茶 偽物ネ。 コレガ本物ノ味ネ!」

 本当の茉莉花茶(ジャスミン茶)は 甘い香りのとってもまろやかな 高級なお茶でした。
本当に美味しかったです。
日本のジャスミン茶は 香料の香りがキツイですよね。

 日本では 「中国の食品は 偽物 ヤバイ」っぽく 思われているけれど 
中国人には中国人の伝統や格式、本物に対するのプライド意識が とっても強いんですよね。
そして 本物の中国の美味しいもの、工芸品や世界に自信を持って誇れる物は
やっぱり中国でも 価格は日本に負けないくらいに高いのです。
観光客には 価格を多少多めにふっかけているのかも しれません。
中国のお金持ちの レベルは日本の大金持ちとは 比べ物にならないくらいの超大金持ちなんだそうです。
そんなちょっと裕福な人々は どこの国でも安全なものをちゃんと飲んでいるのですよね。

 「ウチノ オ茶ハ 安全ネ~。」

 大貧民ゲームというのが ずっと以前流行りましたが ちょうど大富豪と大貧民が 暮らしているのが 共産主義と資本主義が 混ざり合ってしまった 開発途上の中国の今のような気がします。
大貧民は 滅多なことでは 平民にすらなれない

 でも 中国の人々は 逞しい。
大きなまるで怒鳴り合っているような 会話と大笑い。
そして なんといっても自分たちの国 中国が 大好きなんですね。


 オジサンのお茶の煎れ方が あんまり美味しいんで
お土産に ここのお茶 いっぱい買ってしまいました。

 「中国人商売 上手ネ~( ̄ー+ ̄)

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2011年9月18日 (日)

同里も 水の郷

 寒山寺というお寺があります。

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  南北朝時代の武帝の頃に 建てられたそうで 現在の「寒山寺(かんざんじ)」という名前は 風狂の人「寒山」が この地に草庵を結んだからだという伝承があるそうです。

 中国の若いバスガイドさん。 3号車は「毛(マオ)」さんという名前でしたが とても日本語がお上手でした。 
なおかつ とっても日本のことを勉強なさっていましたね。
中国の有名な一人っ子政策の真っただ中の子供たちは 学歴も高くいろんなものを背負っています。
 このガイドさんたちも この国では優秀な人材なのでしょう。

 「日本には 違う舘山寺というお寺がありますね~。」と 話の後ろに付け加えましたよ。
浜松出身の我が姉妹、「うん、うん。」と 頷いてしまいました。
でも 中国の寒山寺とは 伝統もレベルも負けてますけどね。 
今の舘山寺は お寺よりもリゾート地になってます。 パルパルとか…


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 張継(ちょうけい)の詠んだ有名な七言絶句の漢詩『楓橋夜白(ふうきょうやはく)』で 
この寒山寺は 有名になったそうです。
中国の学校の教科書に 必ず載っているそうです。


      月洛鳥啼霜満点
     江楓漁火対愁眠
     姑蘇城外寒山寺
     夜半鐘聲到客船


都落ちした旅人が 蘇州・楓江の楓橋辺りで 船中に泊まった際に 眠れぬまま過していると 寒山寺の鐘の音が船の中にまで聞こえてきたよ という詩です。

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 そしてここが 楓橋らしい。 偶然 寒山寺の入口で 撮った写真がこの橋とは…
ツアーの後ろで キョロキョロしながら歩いていた甲斐があったわ~。


 次は 同里(どうり)へ。
 以前「北京バイオリン」という中国ドラマや映画をTVで見ましたが その田舎というのが ここではないかしら?とずっと 思っていました。
主人公の未来のバイオリニストになる天才少年が 石の橋の上でバイオリンを弾くシーンが印象的だったのです。 
 けれど ドラマの中の小さい古い舟や 石の橋は今まで行ったどの街にも掛かっていましたし 小舟で移動するというのも 江南地区のどこでも見られる姿でした。
 違ったかなぁ?  


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 この街は 大きなバスとかが古い街並みには入れません。 
なので 電気自動車が 観光客を 世界遺産のある「退思園(たいしえん)」の入り口まで連れていってくれます。
同里は 今まで見た街並みの中では とっても 手入れの行き届いた綺麗な街でした。


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 世界遺産「退思園(たいしえん)」は賄賂で儲けたお役人の庭園だそうです。
退思というのは 引退して過ちを反省するという意味なんだそうです。
いつの時代もどこの国でも お役人と賄賂は共通するものなんですね~。


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 あらゆる所に 贅沢を尽くした庭園だと思います。
窓の格子や ガラス類。 素敵過ぎて 電池がなくなってしまうくらい写真を撮ってしまいました。
 建具がすてき。 格子戸や硝子戸も…。
世界遺産に納得です。


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退思園の周りにいる物売りのお婆さん。 ハスの実を売っています。
なんか可愛い お婆ちゃんでしょ?
思わず買ってあげたくなってしまうけれど 中国で生ものは 禁物ですから、写真だけでゴメンナサイ。
ちなみに ハスの実は日本人は 食べませんが 例えるとピーナッツに近い味なんだとか…。

 他の物売りのオバサン達は
「100元、100元!」と言いながら 多分「ハンカチ」っぽいものが20個入っていると叫んでいます。
ぱんぱんに膨らんだスーパーの白い買い物袋を 押し付けてきます。
1枚50円でお買い得みたいに思えるけれど 中身も確認できずに いわゆる押し売りみたいなオバサンたちは 観光バスが着くたびに 大荷物を持って駆け込んできます。
何処の観光地にも必ずいましたよ。
売れたら ラッキー!みたいな商売です。
買う人はいるのかな?


 長くなりました。 続きは (o・・o)/~

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2011年9月17日 (土)

庶民の生活

 中国 3日目。 
そろそろ 本物の庶民の中国の姿が 街角のいろんな所から 見え隠れしている事に気づき始じめました。

 9月5日の とある交差点 朝の通勤風景。

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 確かに 自転車からバイクに様変わり してるね。
こんな様子が 各交差点ごとに 展開されていました。
中国の人口の大さは こんな朝の時間からも 分かります。
 さあ、皆さん。 今日も元気で いってらっしゃい!


 さて、私たちが 朝一に連れて行かれたのは「シルク店」
蚕から絹が取れる工程を 大きなショウルームで見せてくれます。

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 「中国人、商売ウマイネ。」
このシルク店で おすすめ品は シルクの布団。
夏用肌掛け、オールシーズン用肌掛けが 一番のお買い得品。
日本円で夏用が7000円ぐらい冬用が15000円くらい。

 「コレヲ日本デ買ウト ドンナニ安クテモ 3倍ハ スルネ~。」

真空パックにしてくれてお持ち帰りも可能というキャッチフレーズもちょっと魅力的だけど…。
 これまたビックリしたのは こんな格安ツアーのお客さんでも やっぱりお土産に買って行かれる方が 結構いましたよ。
「日本人ハ、金持チネ!」と思われても しょうがないよね。

 ツアーの中に買ってくれる人が何人かいれば 成功なのだそうですので オマケの私たちは写真を撮るのみで…いいか

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 シルクのパジャマでも どうですか~?

 

 昼間のオプションは 蘇州の運河遊覧です。
ほとんどの参加者は 遊覧船に乗ることを希望しましたが 
追加参加者の多い3号車では 旅なれた人たちが多いのか オプションに参加せずに
 船着場から川に沿った「山塘街」を歩くという散策コースを選択する人が 十人ほどいました。 
もちろん 私たちもこのスケジュール表が届いた時に 「歩こう!」と決めていました。

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 ここも 前日歩いた平江のように 川に沿って大きな橋まで歩きます。
歴史街とは違い ごく普通の中国人が 当たり前の日常生活をしている通りなので
流れている川の臭いは ドブ川の臭いです。

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 小さな1歳半~2歳くらいの赤ちゃんが歩いていますが このパンツ 中国~ですよ。
日本のお母さんは 絶対 はかせないよね。

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 この絵 みたいにパンツの後ろが パックリ 開いているのよ。
オムツを外すトレーニングなのかしら?とも 思ったけれど…
そのまま お尻が丸見えだったよ。

隣で歩いていた妹に 「見た?」「うん。」「日本では あれはないよね~。」
という話になった…。 ちょっと、中国っぽい?

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 そんな 「山塘街」を歩いていくと 集合時間までにちょうど帰り付く場所に大きな 橋がかかっていました。

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 この橋です。 よく中国の映画に登場していそうな 大きな石の橋です。

 「山塘街」は ちょっと 素朴な庶民の通りだと思いながら この橋にたどり着きました。けれど この橋を渡った反対側の通りは 今までと全然比べ物にならないくらい 居住地が汚れています。

 排泄物の臭い。 風向きも影響するのかもしれませんが その強烈な臭気。
ゴミ置き場に 袋やゴミ箱に入れられずにそのまま捨てられた汚物。
川の水で洗濯をする人。 
さっきみんなが乗っていった遊覧船の油がこぼれた匂いや 日常の雑俳水で 汚れきった川の茶色の水です。

 洗ったり掃除したりするのに 使ったら ますます汚れてしまいそうな気がするのですが…。 ここで生きていくためには 必要なことなんでしょうね。(。>0<。)

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 それでも 山塘街は 一般に公開しているのだから 薄汚れたアパートや商店街は 
もしかしたら 中国の地方の生活よりも 環境はいいのかもしれません。
 北京のオリンピックの時や 上海万博の時のニュースでは 「外国人に見せたくないところには 囲いをして見せないようにした」という話が 流れましたもんね。

 ここは 劣悪ではないのか~?的疑問。

「日本人でよかったな。」
 
全く 失礼な話ではありますが そう思ってしまいました。
道の 隅には 犬の物ではない ウンチやゴミの山。
どこまで行っても ツンとすえた 鼻を付く 臭いが消えない裏の山塘街なのでした。


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 でも、確実にここにも たくさんの人々の日々の生活が 垣間見えます。
発展に取り残されているたくさんの国民達。

 角度を変えると立派な地下道が完成しているのに その地下道の反対側には どうして 汚物が?
わざとらしい たくさんのゴミが? 
もし 日本の路上生活者がいても ここでは暮らせないでしょう…?

日本の地下道は 建設されたのがずっと古くても もっとずっと綺麗だよ。
衛生的です。
新宿の裏町の 繁華街のゴミだってここまでは 汚れていない。

 たくさんのビルを建てる前に こういう人たちを 環境面も含めて教育しなければ 今後の中国は 先進国に内面からは追いつけないと思います。
ただ 綺麗な器を見せて 汚いものには蓋をするのでは 21世紀ではダメですよね。

 古い強い 大国だった偉大な伝統も大事だけれど それを築き上げたのは 有名な武人や王様だけでなく 延々と続いてきた 下々の人々の歴史でもあるんだと 
中国のトップが 気づいたら アメリカやロシアは脅威かもしれませんよね。


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 運河遊覧の船が戻ってくるまでに 船着場に戻ってきた私たち二人は 
こんな中国人っぽいお祖母さんと孫の 微笑ましい姿を見て ちょっとだけ心が和んだのでありました。


 長くなってしまいました。
続きは 明日 (o・・o)/

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2011年9月16日 (金)

中国の古典夜園ショー

 先日の続きですよ。
 
次は 蘇州の世界遺産 「留園(リィウユェン)」へ。
 
 中国四大庭園の代表的な「出政園(ズオ ジェン ユェン)」「留園」がこの蘇州にあります。
その他にも 世界遺産に登録されている小さなお庭がたくさんあります。
さすが中国、長い歴史を感じさせる お寺とお庭の街です。

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 これは 入口近くにある築山です。 この岩は 太湖の石なのだそうです。
たくさん積み上げた岩の中に 十二支が隠れているそうです。


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中央に見えるのは 「冠雲峰」
築山は 人工的に造られた作品ですが この大きな 6.5mもの巨石は 太湖石の中でも格別の天然石なのだそうで このお庭の持ち主の権力の大きさが伺えるそうです。
もちろん 当時 このお庭を見ることの出来たお客様は VIPで 奥にはこの屋敷のお嬢様の寝室があったそうです。


 中国の貧富の差は 現在でも大きく この留園のように この屋敷で会見するには 一般人用の小さな応接間があり 身分の高い要人との応接間や来客用の部屋、見えるお庭の様子とかも 渡り廊下で仕切られていました。 

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 屋根の付いた回廊を 歩きながら 広い池を眺めたり 茶室や寝室などを見学できますが そんなことの出来る現代に生まれてよかったです。 
今の時代でなければ 絶対に中に入ることすら出来なかったであろう風景が 自分のこの目で見ることが出来るんですよ。
凄いことですよね。

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 今の季節は この睡蓮が 風流なんですって…。 (?)かも。



 今回の中国のお庭で 私が一番お気に入りになった場所は 「網師園(モウシエン)」です。

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 ここは ツアーの夜のオプションのコースです。
網師というのは 漁師のことで 隠居後の自由な精神のことなんだそうです。
18世紀の北宋時代の蔵書家史正志が 建てたのが始まりなのだそうです。

 昼間も見学できるそうですが 夜の見学は 蘇州の古典音楽や踊り、古楽など 8つの小部屋で楽しむことが出来るというものです。
もちろん 網志園も小規模ながら 古典的な作りの世界遺産のお庭です。

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 中国では有名な 「故事」の芸能。

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 柔らかい女性らしさを 表した踊り。

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   三弦(サンシェン)琵琶(ピパ)の演奏。

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   洞升(ドウショウ)の演奏。 日本の尺八の元祖の楽器だそうです。
懐かしく 優しい調べでした。

 その他 古筝(グーチェン)や スオナなどの 古楽器の演奏や 蘇州の独特な歌…まさに中国っぽい歌なんだけれど 言葉が聞き取れないので 歌詞や曲名は不明です。

 こんな風に 素敵なお庭や小部屋を回りながら 古き良き時代の中国の芸能を 楽しんで回るのです。

 これは 本当に夢のような1時間でした。

 私たちが歴史で習った 大いなる時代の延長線上に タイムスリップしている感じがしました。

感激
さんくす♪(o ̄∇ ̄)/ 中国3000年の歴史!

素敵な夜園ツアーでした。
 

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2011年9月15日 (木)

歩けない!! ゚(゚´Д`゚)゚

 「中国」に 行って ちょっと長く家を空けていたせいでしょうか?
怒りん坊のメグタが とんでもない事をしでかしてくれました。

 「足が…」。
いつものように 朝のお散歩中のことでした。

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 お天気が良くて 青空でした。 午前中の風は ちょっぴり涼しくて気持ちいい~。
そんな軽いノリで 歩いていました。
そろそろうちの近くの そば畑に 差しかかった頃 事故は起きてしまいました。

 メグタの暴走です。
この子は足が短いせいか 踏ん張る力が強く 雪の頃はカラスや 近所の犬を見かけると
突然ダッシュすることもありました。
そんな時 急に引きずられたりして 転んでしまうこともありましたが
この半年間は そういうこともなくなり (最近はふり返りワン!)のみだったので
ちょっと油断をしていたのです。

 だってそうでしょう?
あと自宅まで数十メートルの距離だし、お散歩している人の姿も飛んでいる小鳥の姿も見えない。 
標的の昆虫も 数匹のトンボやちょうちょのみ。
そば畑は 白く光っていて、今が見頃だし…。

 そんな時に メグタは 突然狂ったように 右往左往、走り始めました。
その紐が私の左足に絡みつき 
 「ヤバイ」と思った時には 私はもう転がっていて 
足の紐を解こうとすると まだ メグタは鬼のような顔をして走り回ろうとします。
 「痛い~!」
 「ダメ 止まってメグタ
最初に転んだ時に なんか嫌な方向に 足をひねってしまった気がします。
しばらく しゃがみこんだまま じっとしていると 興奮のさめてきたメグタが
やっと いっしょに地面に座り込みました。

 
 「ズキン、ズキン。」
骨が ヤバイ? 膝をやっちゃった?
それでも こんなそば畑の隣の原っぱにずっと座り込んでいても 人っ子一人いないんだから 取りあえず家に帰ろう!
そう思って、立ち上がろうと思ったら 左足に力が入りません。
 「ズキーン」とする 足を引きずって ノロノロ やっとのことで歩いて帰りました。
あまりにも歩けない私に なんか悪いことをしたみたい?と 一緒にノロノロと歩いてくれるメグタ。
もう! 遅いよ! 絶対 ヤバイよ、これ

 としあえず 湿布薬で湿布をして 包帯をグルグル巻いて 様子を見ることに。
だって こんな時に限って ダンナは留守で 一人では病院にすら出かけられないのですもん。
どうしよう~? ですよね。


 静かに座っている分には 痛みはほとんどないのですが 立ち上がって何かをすることができません。 だって 左の足に力が入らない感じ…。


 
 夕方 ダンナが帰ってきましたが すぐにサッカーの練習に
痛い足を引きずって 夕食の仕度をしました。
こういう時には小さな台所は便利です。 
体を右足に重心を」かけると どこかの壁に体重がかかるので 左足への負担が小さくなります。
おかずは 煮込みっぱなしのポトフにしました。
大食漢のダンナには 自分でガッツリよそって食べられる物で 種類の少なさは誤魔化すことができますし。


 サッカーから帰っってきたダンナは 椅子や壁に伝わって 歩いている私に 危機感を感じた様子で 
 「明日 医者に行こう。」と言い出しました。
私も 「ヤバイ。 ちょっとの湿布では ダメだぞ~。」と感じていたので 明日連れていってくれと 頼もうと思っていたところだったのです。

 「この辺の医者は 藪ばっかだしなぁ~?」
去年の半月板損傷と診断された時は 1ヶ月間通いましたが どんどん悪くなるばっかりでしたし、(本当は靭帯が伸びていたので) 鍼で治してもらいました。
という苦い経験も あります。

 「佐久に知り合いがいるから 聞いてみようか?」と サッカー関係者の務める病院を探し出しました。


゜。°。°。°。°。°。°。°。゜。°。°。°。゜。°。°。°。°。°。°。°。゜。°。°。°。

 安曇野から佐久市までは 車で約2時間かかります。
 「氷でアイシングするんだよ。」と 用意してくれたアイスパックで冷やしながら出かけました。 
秋の佐久市は 安曇野よりも田園風景が 広く感じるくらい どっさりと実った稲が
黄色くたなびいていました。
道端のコスモスも綺麗でしたよ。
なんでもない日のドライブだったら とってもハッピーなんだけど
 病院へ行くんじゃあ
ちょっと 心配…。


 電話で予約してあったので ほんの少しの待ち時間で レントゲン撮影が始まりました。

それから 先生の診察。
 「まずい方向にひねりましたね?」 レントゲンを見ながら 即言われてしまいました。

 そう、その通り! ダンナに足が変に曲がった気がする~と 話したのに
転び方が下手だったとか言われるし…!

 「多分 靭帯をやられていますよ。 MRIで見てみましょう。」

それで 即 MRI室へ。

MRIなんて まさか自分がするなんて 想像してもいなかったけれど MRIの担当の先生が
 「だいたい20分くらいかかりますから 寝ていていいですよ。」と 言いました。
その間 カントリーミュージックが流れていました。
これは担当先生の趣味なんですかね~?

 それから また 先生の診察です。

 MRIで撮った写真を見せてくれながら 
 「これは十字靭帯が切れていますね。」
 「手術が必要ですか?」
 「靭帯は 自然治癒は無理ですからね。
普通 ケガから2週間様子を見て 手術をします。 3ヵ月位の間に しないと 治りませんよ。」
なのだそうです。

 それから 足から血を大きな注射器で抜き取ってくれました。
大きな注射器1本と半分くらいもの血が 切れた靭帯から流れ出ていたようです。


 その後は包帯で固定して まつば杖の練習を リハビリ室で ガッツリしました。


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 まつば杖で 傷めた足に 体重をかけない歩き方を 素敵な訓練士のお兄さんに
教わりました。
階段の登り方も何回も 教えてもらいました。
まつば杖って 誰が考えてくてたのか 本当に便利です。
足に負担をかけないっていうことが どんなに大切なことか よーく分かりました。

あ~あ、私って このぶっとい足にずいぶん負担をかけていたんだなぁ~。
ちょっとは 痩せなくっちゃ!……以前 足を怪我したときにも同じ感想だった(?)。


 その後 手術の日程を先生が調整してくださって 
10月4日に決まりました。
術後 2週間の入院、2週間のリハ ビリということでしたが、2週間も 安曇野から佐久まで通い通せないということで 3週間の入院でリハビリを完璧にこなして その後は週一のリハビリということにしていただきました。
開けてビックリ だったのですが 安心して任せられる信頼できる先生なので 手じかな地元の病院に行かなくて よかったと思っています。
靭帯の手術は 経験の豊富な先生でないと 後が辛いそうです。


 それにしても たった1日のほんの数分間の不運が こんなことになんるなんて~
馬鹿メグタ~

 一日中検査をされて 心電図を取ったり血液検査をしたり…。
やっとたどり着いた我が家は メグタがポツンといじけて 待っていました。

 10月になったら ずっと一人で待っているんだよ。
自業自得だろうけど 甘えん坊のメグタにも 辛い試練の日々がやってきます。


 今は おうちで松葉杖で歩く練習中。
なんと 結婚30年で 初めてダンナが 私に食事を作ってくれました。
ダンナも試練の10月 なんでしょうね。

 起こってしまったことは もう仕方ないから リハビリ頑張って また小山から 登るよね。

 

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2011年9月13日 (火)

無錫から 蘇州へ

 「三国城」は 無錫という地名にあります。
ガイドさん曰く、「昔の地名は 錫の鉱山があったため有錫(ウシュク)と言いました。
人々が錫を採り尽くしてしまい 今は錫が取れなくなってしまいました。
それで無錫という地名に変わりました。」のだそうです。
 

 そんな中国らしい エピソードを聞きながら 次に向かった所は「淡水真珠研究所」。
ツアーのスケジュール表には ここでショッピングと記載されています。
 「中国まで来て 真珠なんて買う人いるの?」って思っていましたが さすが90人の大所帯。
本当に VIPルームに案内される人達が 同行されているのですね。 すごwwwwい。

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 太湖は もちろん淡水です。 
この太湖で養殖されているのは 日本の真珠のアコヤ貝ではなく カラス貝だそうです。 (子供の頃は 烏(カラス)貝のことを浜松では馬鹿(ばか)貝と言って 役に立たない貝だと ずっと思っていましたよ。 まさか真珠が作れるとはね~((((;゚Д゚)))) ビックリですね。 )
有名なミキモトなど日本の真珠は アコヤ貝の中に核を1つ入れるのですが(3年前に伊勢でミキモト博物館で見てきましたよ~。 大きくて綺麗だったわ。
中国のカラス貝には 核は入れず 細かく切った貝の身を入れるんだそうです。
なので 10年くらい経った大きなカラス貝の中には 約20~40個もの真珠が出てくるそうです。
色も同色1色ではなく 一つの貝から何色もの色の貝が 出来るのだそうです。
不思議ですね。 ゴールドや黒真珠も 出てくるそうです。
だから 「日本ノ物ヨリ 安クテ本物ネ~!」なのですって。
ちょっと 魅力的ではありました。


 さて、ショッピングの次は 蘇州に戻ります。
大陸なので 車の移動時間は 1時間半から2時間位はかかります。
広くて大きな中国ですもんね。


 
 まずは 古い町並み。 平江歴史街へ。
ここは ちょっと日本で言ったら「倉敷」や「柳ヶ瀬」みたいな感じの場所でしょうか?


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 川べりには ちょっとお洒落な喫茶店(お茶かも?)や 可愛いお土産屋さんが並んでいたりしました。 
 初めて見る中国の街並みです。
今の中国っぽい 明るい印象でした。 
観光客だけでなく 普通の中国語を話しているカップルや物売りの人たちも…。
穏やかで 綺麗な観光地です。 


 でも、観光客の歩くコースの先には 中国の一般の人々が毎日生活している生活道路があります。
高速道路は 6車線8車線の大きな立派な道が 大都市から大都市へ繋がっていて 整備されていますが 普通の街中には 信号機や横断歩道、陸橋がありません。

その上 中国は「車優先」なのだそうです。
ちょっと前の中国の映像は 天安門広場にもの凄い数の自転車が行き交う姿が映し出されていましたが 今は違います。
高速道路には 大きなピカピカの新車が、一般道には バイクか電動自転車が大渋滞なんです。

ガイドさん曰く、「道路を人間が横断したい時は、車優先ですから勇気優先で進まなくてはなりません。」
その言葉が このたった4m幅の道を横断するだけで 理解できました。


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 人が何十人並んで待っていても 車はスピードを緩めてはくれません。
バイクなどは 遠くからプープープープーと鳴らしっぱなしで 自分が通り過ぎたら渡れよ!的に ガンガン走り抜けるのです。
これが おじさんだけかと思いきや、綺麗なカラフルなスカートをはいている若いお姉さんまでもが プープーやって 通り抜けて行きます。
中国人って 車やバイクに乗ると 人格が変わるのでしょうか?
車に乗っているという優越感(?)なのでしょうかね。

 「確かに 車優先だわ 怖いよね。」

 もう一つ バイクで怖いなと思ったこと。
赤ちゃんを片手で抱いて二人乗り(三人か?)している事。
2~3歳くらいの子供を立たせたまま 後ろに載せてるバイク。
怖いわぁ~。 事故にあったら 死んじゃうでしょ?

 中国の交通ルールって どうなっているんだろう…って 考えちゃいました。


 それから 刺繍研究所という所へ連れて行かれました。
ここは 感激  綺麗!素敵! ここは世界に誇れる中国の技ですよ。


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 この刺繍 表から見ても裏から見ても 同じ模様が裏表で見られます。
絹糸の細かい細工で 虎の毛の1本1本が とても立体的に見えるのです。

 人間国宝的な人の作品が展示してありました。
販売されている作品もありましたが お土産用の価格の安いものはそれなりの作品です。
数百万元 規模の大掛かりな作品は まさに芸術品でした。
照明に当って キラキラとひかり輝いていましたよ。

 うん、もしも 宝くじに当たったら 買ってもいいな。

ツアーは盛りだくさん。 まだまだ 同じ日なんだけど 続きは 明日。
(^o^)/ バ~イ!


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2011年9月12日 (月)

こんな事か…。

 9月10日。
父の3回忌です。
私の代理に 息子が出席してくれています。

もうずっと前から 実家の姉に 「よろしくね。」と 言われていたの。
同じ日、ダンナが「毎年恒例の名古屋のサッカー大会があるから 俺は行けないよ。」と言い出しました。

この人は こういう人間関係の関わりあいが 苦手な人です。
というより 逃げてしまうのです。
今 昔を振り返ってみても 結婚した当時からそうだったと 思い当たります。
自分の実家にも寄り付きませんでしたが 私が実家に帰ることも嫌がるのでした。
当日は 留守にするということが分かっていても
 「じゃあ、メグタはどうするんだよ?」などと 言い出します。
メグタは 近所に餌をあげてもらう事だって 出来るでしょ?
死んだ父より 生きてるメグタか

 同じ頃 介護施設からは 
 「お義母さんが ちょうど入所1年に なりますので お話が…。」と連絡してきました。
そうなんです。 入所の条件に 「家族の誰かが必ず連絡の取れる場所にいること。」という文章が記載されていましたっけ。

 「困ったな~」と思っている所へ 大阪の息子から救いの電話が入りました。

 「お母さん、浜松にいつ帰るの?」
 「お婆ちゃんの関係で その日あたりに 話を聞きに行かなくなちゃならないのよ。」
 「じゃあ、俺が三回忌に行ってきてやろうか? 
東京に出かける用事があるし、浜松のいとこ(妹の息子たちです)にも 久しぶりに会いたいし 前から今度一緒に飲もうか!って話があるし…。」
 「出てくれるの? よかった!」

 そして 義母のお話。
何のことはないんですよ。

介護度が上がったので 入所費用が値上がりするというお話です。
人生 生きている限りどんな状態でも お金がつきまとうんですよね。
当たり前のことなんですが、なんだか ガッカリした気持ちで話を伺いました。
書道をやって 作品代がいくらかかりますがいいですか?とか
リハビリのための陶芸をやらせたいのですが 費用代がいくらかかりますが いいですか? 
そんな 説明一つでも 家族にいちいち相談しなくてはならないヘルパーさんたちも
大変です。 
全ては 契約、手続きの書類が必要な世の中なんですよね。
なんか 重たい。

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 実は 「日本の65歳以上の 自分の家持ちのお年寄りは 大抵 1000万円以上の預貯金を持っている」 という話を聞きました。
健康で正常な親子関係ならば 同居していたら年金は使い切れないから 亡くなる前にはそれくらいの相続の現金が残ると言うんです。
 正直言って その話は 私にはショックでした。

だってそうでしょう?
分かっていても 初めから その大抵という部分からは はずれています。
呼び出されて 聞かされる話は マイナスなことばかりです。
せっかくの 息抜きの「上海」が 消えていく……気分。




 今日は暑くて 残暑が厳しい。
いいことと 悪いことが交互にやってくるのが 人生なのかな?
うちの近所のそば畑も 白い花が咲き誇っています。
ちょっと イラっとしながら お散歩しました。


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 私の微妙な苛立ちが伝わるのかしらね~?
今日のメグタは ちょっと凶暴。
そんなメグタが 小さなとかげを発見しました
滅多にとかげなんか出歩いていないのに 運の悪いとかげくん。
あっという間に 捕まえて ▽・w・▽「これ 何~?」と 楽しそうに痛ぶり始めました。

 「あっ、こらヽ(`Д´)ノ~!」と 言う間もなく
別の小さいとかげが ピョコピョコ動いています。
 ▽・w・▽「? ? ?」
 「もしかして しっぽが切れた?」
小さなとかげが 現れたように見えたのは 自分で切り落としたしっぽでした。

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 とかげのしっぽ切り 初めて目撃しました。
メグタの興味は ピクピク動いているしっぽの方ですが 私はじっと隠れているとかげの
本体が気になって 探してみました。
いた、いた
 見つけにくいように ちゃんと枯れ葉の片隅で じっとしていました。
切れたしっぽは その後 どうなってしまうのか?と ちょっと興味が残りましたが
パラパラと夕立がやってきましたので 急いで家に帰りました。

 悪いことの後には いいことが
しっぽ切りは もしかして 良いことだったの?かしら。
珍しい現象だけど とかげにとっては 一生に数回の身を削る恐怖の大事件だったはず。
いろんなことが 起こるよね~。
 

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蘇州 って どこかな?

 中国 って言っても 知っているのは「北京」「上海」 それに「長安」(って今もあるのかな?)「成都」…。
こんな乏しい知識の 私です。
 「中国へ行くなら「万里の長城」がいいな。」
何かの話で そんな話題で盛り上がったのはいつだったかしら?

 妹が「スゴイ格安ツアーがあるんだけど 北京なら行く?」
 「万里の長城なら行ってもいいよ~。」
 「あるといいね。 ちょっと 調べてみるね~
 
 「北京は ないけど 上海なら 198(いちきゅぱ)があるんだけど… どうする?」
 「こんな安いのって 他には有り得ないよね~。」
 「長野から東京に出て ちょっとフラフラしたら これくらいかかちゃうしね。」
 「そうそう、国内1泊ツアーの料金でしょう~。 日本はお金かかるし 高いよね~。」
 「じゃあ、決めちゃおうか!?」


 ところで 蘇州(ソシュウ)の話。
蘇州って どこなのよ~? 行くことが決まるまで そんなことすら思うこともなかったです。

蘇州
無錫(ムシュク)同里(ドウリ)、七宝(シッポウ)、上海(シャンハイ)
の5都市のことを称して 江南(こうなん) というそうです。
世界史で「長江(ちょうこう)」、いわゆる「揚子江(ようすこう)」ですが 学校では 
中国を代表する大きな川の一つだと教わりました。 
その揚子江の河口の街を巡るのが 江南・今回のコースなのでした。


 9月4日 日曜日
朝一番に バスは 無錫にある三国志のテーマパーク「三国城」へ向かいました。

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 言わずと知れた三国志のドラマ「三国演義」を撮影するために造られた テーマパークです。
最近では 映画「赤壁(レッドクリフ)」も 三国志の壮大なストーリーでしたよね。

 この三国城を歩いて回ると 一日がかりでも大変だというので ツアーでは電動カートを利用して移動する事に決めていたようでしたが 一応「これはオプションですから。」と
バスの中で 20元(今の相場は 1元=13円でした)の集金が 即 きましたよ。
ガッツリ 中国人っぽい ( ゚д゚) よね。

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 それもそのはず。 今回の上海ツアーは 観光バス 3台分、総勢90人の大所帯です。
全く知らない人の集まりのツアーでは トイレ休憩毎に 人数の確認をしますが、これがなかなか全員が集まらない。
下手をすると 見学時間よりもトイレの為の時間の方が長い感じ~┐(´д`)┌ヤレヤレ

 大雑把な現地ツアーのガイドのお姉さん達も 観覧船の時間や見学先の予約時間が決まっているでしょうから 大きな声で
 「まだですかぁ~と 苛立っている姿も見られました。
ガイドさんの怒りも よ~く分かるのですが 遅くなってしまう人たちの何故か?も よ~くわかります。

 中国のトイレ事情は まだ 私たち日本人には 厳しいのです。
ホテルやテーマパークなどには 新しいキレイな所が多いですが 休憩所のような一般の中国人の利用する大衆トイレでは トイレットペーパーがないなんてのは我慢できるとしても ドアに鍵がない、汚物で汚れているとか 使用できない状態の場所が多いんです。
そこで 少しでもキレイそうな場所に 並んでしまう訳です。
大人数なので 時間がかかってしまうんですよね。
 妹が「ティッシュは 必需品なのよ。 いっぱい持ってきてね。」と言っていたので
私は 山の必需品のトイレットペーパーの芯を抜いたものを 袋に入れてもって歩いていました。 これが 本当に役立つとは~


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 格安ツアーだったからなのか 今回 何処の名所に案内されてもパンフレットを配ってくれることがありませんでした。 
とっても 残念な事のひとつです。
この 三国城の案内図は 後でPCで取り出したものですが これを見ながらカートで回ったら もっと園内がわかりやすかっただろうと 思いますよね。


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 ここは 呉王宮の中です。
ガイドさん曰く、「外から写すのは無料ですが 王宮の中に入ってお姫様を写すと 有料ですよ~。」なんだそうです。
そんな有料の写真モデルさんが 中国の観光地にはいっぱいいました。
その他に なりきり有料衣装レンタルも いっぱいありました。
曹操の衣装で記念写真、王妃で記念写真!みたいなやつです。
商魂たくましいですね。
日本でも 「舞妓さんの衣装で散策しませんか?」なんてのを 京都でやっていますね。
もちろん これは 外から撮った一枚です。


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 太湖は 中国で3番目に大きな湖だそうです。 琵琶湖の3.5倍の広さなのだそうです。
が、残念ながら琵琶湖の大きさが何kmなのか わかった人は 私たちのバスの中には一人もいませんでした…けど。
曹操の水軍基地から 太湖の遊覧船は出発します。
無錫担当のガイドさんは
 「ここから見る太湖の景色が一番美しいのです。」と 自信満々にお話をされていましたが 太湖の水は 「黄河が黄色い水だから?」とか 「黄砂が積もったかも?」とかいろいろ考えてみても やっぱり下水の臭いと汚い水が 澱んでいます。
ちょうど 今から 30年以上前の諏訪湖が 公害でバスクリン色のヘドロが浮いていたことがありました。

白鳥のすわこ丸で遊覧した時の 「ガッカリ」感に共通するものがありました。
現在の諏訪湖は あの頃とは全然違います。
湖面は透き通って見えますし 環境問題を諏訪湖畔の住民がしっかりと考えて 守っています。

 30年後の太湖も 諏訪湖のように 綺麗な湖に 変身していて欲しいなと思います。

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 ここは「赤壁2(レッドクリフ2)」の中でも登場する「七星壇」
赤壁の戦いで 諸葛亮が
 「南南西の風が吹くように」と祈祷した場所だと 言われています。


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 競技場の中では 「三国志」の剣のアトラクションがおこなわれていました。
劉備玄徳、孫権、曹操の 戦いのシーンなんでしょうか?

もう一つ 有名なアトラクションは「虎牢関」の騎馬戦の戦いのシーンです。
誰かのブログで見かけたのですが 残念ながらこちらには カートが進むことはありませんでした。 騎馬で戦うのは ちょっと見たかったな (^-^; 


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 曹操の水軍基地  
中ではあらゆる種類のコスプレが用意されていて 王様やお后様になって カラフルな人達があちこちで    

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 三国城が 広いので 今日はこれで おしまい。 続きはまた明日。 (o・・o)/~  

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2011年9月10日 (土)

ニイハオ (^0^)/ 上海へ~

 やっぱり 私は「晴れ女」みたいです。

 9月3日 土曜日 
 台風12号は 南紀地方に上陸するなんていう ニュースを聞きながらも 東京は蒸し暑い晴れでした。
キャリーバッグをゴロゴロ引っ張りながら いざ、成田空港へ。

成田エクスプレスの通過する駅の空模様は 日が差していたり雨が降っていたり…。
 「やっぱ、台風の影響かしらね~?」

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  空港の空は 青空。 このANA機が 私たちの乗る飛行機です。
 「空がどんなんでも 無事に飛び立ってくれれば いいもんね
確かに その通りです。

 東京・成田空港から上海の浦東空港までは わずか4時間で着きます。
日本との 時差は約1時間です。
なので その日は一日が25時間ということになります。

安曇野から 高速バスに乗って 東京に到着するのと 時間的にはたいして 変わりません。 
そう考えると 飛行機はスゴイね、速い

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 でも 第1日目は 到着後 上海から蘇州のホテルへの バス移動だけのスケジュールなので お迎えの現地ガイドさんに 引率されて 夕暮れ時の広い高速道路を走ります。


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 上海から 蘇州へ。
初めて見る 中国は やたらめったら デカイ~ デカすぎる~

 成田の空港では滑走路を何回も旋回するのに 上海浦東空港は 長いただひたすら長い滑走路に降り立つと もう飛行機は空港の到着口に着くのです。

 そうそう、飛行機の窓から見える田畑の 広くて大きなこと。
その脇に 風力発電の 白い大きな羽がグルグル回っている姿が 一定間隔で並んでいるのですが 大きな大地のおかげで あの大きな風力発電の装置が ちっとも邪魔に見えないんですよ。
日本では とても大きく見えるでしょ?
上海郊外では 大きな絵画みたいに自然に溶け込んでいて 素敵でした。
あそこだけ見たら エコの先進国みたいですよね。


 そうそう、よく外国人が 初めて日本に入ってくると 「ミョ~な香りが…。」するといわれますよね。
それは 醤油の香りだそうです。
その話を聞いて 「日本は 醤油なのか!」と思ったものです。

 私が 初めての中国で 感じた香りは 川魚のちょっと臭い~゚(゚´Д`゚)゚
臭いがしたと思います。
上海は 大きな黄河の街ですもんね。

 
 今回のツアーは JTB
 妹がインターネットで探し出した パンフレットでは載っていない チョー、超格安のものなので 金額を提示してしまってもいいのかな~?
 全食事付き。
世界遺産の 留園退思園なども 回ります。
JTBの9月号のパンフレットに 載っている 39800円でも 安いなぁ~と 思うでしょ?
でも、それよりも かなり安かったと 思ってくださいね。
なぜなら その 39800円のツアーの方と同じコースを バス1台の人数不足を穴埋めする為のものらしいのです。
出血大サービス品の赤字覚悟の人数合わせの中に 運よく 紛れ込めたんだと思ってね。 
本当にそんな感じでした。 
バス3台で 約90人。
その3号車の 半分位の人が 追加人数だったようです。

 JTBのツアーで 何回も参加している人が
 「こんなに安いのは 今までで初めてよ。
インターネットをたまたま 見ていて見つけて 本当にラッキーでしたよ。」と
言っておられました。

 初めての中国で 「ラッキーじゃん!」
お気楽な姉妹旅が こんな風にはじまりました。


 でもね、いいことばかりじゃないのよ。
綺麗なホテルだったんだけれど 部屋のカードキーが 全然開かない。
1階のロビーに2回も通って 鍵をチェンジしてもらったりして 挑戦してみたけれど
全然開かないの。
ついに ホテルマンが開けに来てくれて やっと 部屋に入ることが出来ました。

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 こんな時にも 中国人は決して「ごめんなさい。」って 言わないんですよね。
お国柄 なんでしょうね。
キーの入れ方が ダメ  (´Д⊂モウダメ)~的ポーズをして 帰って行きましたよ。
本当は 「どう見てもカードを差し込む金具が カタカタいっていたと思うのに…。」
と、妹と話しました。
トイレの水も 壊れているわけではないのだけれど ずっと水音がしていて
 「中の弁の接触が 悪いんだよ。」と 妹は ぼやいていました。
そして 「まぁ、この金額だから しかたない~。」と 変な所で納得しているのでした。

その上 なんとまあ、水道水の臭いこと。
うがいをすると 嫌~な臭みが口に残ります。

 日本の水は 本当に美味しい。 日本人で良かった です。

 
 「ここは 中国だもん。 仕方ないか…。(差別用語で使ったのではありませんよ。)」

 

  明日は 蘇州の「三国城」や 「世界遺産の 留園」に行きますよ。

 



  

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2011年9月 9日 (金)

上野のパンダ

 お久しぶりです (^o^)/
ブログ更新していなかったので 
 「病気?」とか「どうかした~?」なんて メール頂いて ありがとうございました。

 ヾ(´▽`) エヘヘ!
 実は お出かけしてました。 例によって まずは東京の目黒の妹の家に…です。
翌日から 超・チョーお得なツアーに 妹と出かけたのです。
 安曇野からは 直接空港へ出かけるという事は 殆どの場合不可能なことですので 前日 の9月2日 インターネットでいつもの格安バスで出かけました。
格安なだけに バスの本数は少なくて もう一本後のバス…という選択肢が 取りにくい。
だから 余裕を持って 朝早く出発する便に決めています。
2日は 金曜日。
妹は 前日から仕事を休める筈もない。
だから 私は夕方まで ちょっと お暇なんです。

 で、何処へ行こうか~と バスに揺られながら 「はっ!」と思いついたプランが 
 「上野動物園で パンダ」だったのです。

 「うん、うん、ちょっと 面白いかも~


 だってね、私たちが3日から出かけるのは 中国なんですよ。
でも、信じられないくらいチョ~ウ格安上海(シャンハイ)4泊5日の旅なので 本物の中国へ行くのに 現地パンダには 会えないのです。
中国=パンダでしょう

 「よし、よし、日本のパンダちゃん 中国に行く前に 会ってこよう!
ふふふ~ん。 すごいアイデア


 前日の天気予報では 台風12号の遅い速度の影響で 東京も雨が降るようなことを
某日本有料放送のお天気お姉さんが 話していました。
で、大きな丈夫な傘と旅行用の折り畳みの傘の2本も 持って家を出ました。
でも、東京では どちらかというとじゃなくて でしたよね。
パラパラの夕立っぽいのはありましたが 大きな傘はじゃまだったな。

 安曇野から出かけたので 体が慣れるまで とにかく体感温度が 暑い
(-_-;)汗まみれ


 ついに上野動物園で なん億円のレンタルパンダちゃん、2匹と ご対面~。

まんまる 大きなお尻。  可愛いの。
この子は メスの「シンシン(真真)」です。

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もう1匹の オスのパンダちゃんは「リーリー(カカ)」
2005年8月16日生まれ ですって。 6才だね。



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 身動き一つせずに このポーズ。

 可愛いんだけれど 寝たままかな~?と ちょっと残念よね。
でも、学校が始まったばかりの 2日金曜日ですよ。
パンダのお家の見学者の数は 夏休みの時期に比べたら 奇跡みたいに少なかったんでしょうね。
何回も 自由にパンダの姿を見ることができました。


 2回目

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 動いてくれたのは 「シンシン」です。
ウ~ン やっぱり パンダは可愛い。

 オスの「リーリー」は 全く微動だにせず さっきと同じ格好のまま 爆睡中。


 上野動物園は 子供が3人もいたので 小学生の子供たちを連れて 何回も通いました。
でも あれから ずいぶんと 来ていないことが判明。
だって、園内は大きく様変わりをしていました。

ゴリラの森と 象・ニホンザルの所くらいでしょうか、昔の面影が残っている場所は…。
不忍の池の中にも「アイアイの森」が出来ていたけれど のぞき込んでも「アイアイ」
見つからなかったのは ちょっと 残念~かな。


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 以前は 動物園に放し飼いになっていた「ハシビロコウ」
下の娘が 小学生だった頃 園内の坂道に 飾り物のように 立っていて 何を思ったのか じ~ぃっと にらみ合いをしていましたが 「ハシビロコウ」は 強かった。
 「なぁ~んだ。 動かないや。 つまらない。」と言って 娘が動くと
この我が家のメグタの目の動き方にも似た「ハシビロコウ」が まるで「勝った!」とでも 言わんばかりに ゆっくりと 頭を動かしたことがあります。

 そんなことを覚えているのか どうなのか 娘が少し前に友達と「動物園に行った」という記事を自分のブログに書いていましたが その中に しっかりと「ハシビロコウ」の写真が  載っていて なぜか笑えました。(-^〇^-)

 ぐるりと回って やっぱりもう一度 パンダちゃんへ。

今度は もっと可愛い写真が撮れました。
モデルは「シンシン」です。 さすが 女子、食いしん坊。
笹の葉を ガシガシ、ガシガシやっていました。

Img_7635

 本日の最高傑作の写真です。 可愛いでしょ?

それにしても 「リーリー」は すごいよ
結局 数時間 あのまま動いた気配なしです。

もの凄く 根性のあるパンダだということが 分かりました。


 可愛いパンダを いっぱい撮って 喜び勇んで 妹の家に行ってパンダの写真を見せてあげようと思ったら
妹 ひとこと
 「それで?」
 「! ! !…」
 
まっ、いいか。 
今日のパンダはおまけだし…。

てな理由で 「明日は 上海なんですよぉ~。」


   

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