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2015年8月13日 (木)

8月は…

 8月は 真夏で太陽がジリジリ焼けつく季節です。
なのに なんだか 重たい事件が重なっている季節です。

 

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 戦後70年の 今年の8月6日、9日の広島・長崎の原爆の日は 記念式典も重々しく 被爆者の年齢のほとんどの方が 80歳を越えたそうです。
当時(1945年)に20歳だった方が 生存されていても 現在の年齢は90歳になられています。 
この歳になって 自分の父親が終戦時に たったの20歳で戦争の修羅場をかいくぐっていた事実を思い知りました。。 
戦後生まれの私たちの子供時代 確かに 今の時代より物質的にはかなり貧しかったけれど あの頃子供の私たちには 2015年の70年経った原爆の日や終戦記念日よりも ずっと遠い存在に感じていた気がします。  
若かりし日の20歳のお気楽だった私は 戦争で日本の重荷を背負わされていた まだ母とも出会っていなかった若い父の青春時代を 思いやる優しさすら思い至らずに 自分だけの楽しい未来をまっすぐに前しか見ずに生きていました。
 普通に考えてみたら、本当は自分の周囲にいた大人たちはほとんどの人が 戦争経験者だったはずですが、祖母も父母も学校の先生すら それがタブーだったのか自分たちの辛い戦中、戦後の話は 我が家では覆い化され 学校でも「第2次世界大戦」として 大きくぼんやりやんわりと近代史は教えられ 「テストにでるぞぉ~」としなくてはいけないくらい本来は世界中が知っている大事件だったにも関わらず 必要単語の一つとして 大きな過去の戦争の一つとして刷り込まれていました。
今年の8月夜に 連日放送されているドキュメンタリー放送では 「もう今しか話せない」と 高齢化した出征経験者や被爆者や東京だけじゃない爆弾投下で被害に遭った日本各地の被災者たちの声が 特別な一人じゃなく1945年に生きていた人間の一人として 「自分たちと同じ苦しみや悲しみを 繰り返してはいけない。 戦争はしてはいけない。」と ずっと沈黙していた十字架が堰を切ったように語られています。
 戦後70年もたってやっと封印がとかれたように やっと重い口を開けて語られた沖縄の少年たちに与えた軍の悪意が暴かれていきます。
アメリカ軍の原爆投下の裏事情、トルーマン大統領のスターリンの裏工作など今だから明かす云々。

 自分の意志ではなく時代に従わざる得なかった暗黒時代。
長い年月が過ぎても未だに消化しきれない負の部分を ずっと抱えて人生を過ごして来られた戦争の苦悩は 経験された方しかわからないです。

 年々涙もろくなっている私は 毎晩苦しくて「戦争の亡霊」で泣き通しです。



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 8月だから他の時期よりずっと強く「はっ!」と 気づきますが ほとんどのお年寄りは日頃は 明るくてお元気なのです。 80代90代のパワフルなこと。 生きているっていうのは強いです。 平和ボケ日本人などの悪言も言われていますが 経験は目に見えないし口には出さなくても あの時代を生き抜いたお年寄りは 皆それぞれに歴史あり…です。




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 川内原発が住民の反対を押し切って 8月11日再稼働してしまいました。
九州の火山が噴火すると 阿蘇や桜島など活火山が多く カルデラの火口が大きいので富士山が噴火した時よりも 大規模な被害が出る予想が出ています。
九州電力や政府からしてみれば 予定は未定、何年後かに起こりえるかもしれないもののために廃炉になんか出来ないんでしょうが 基準を厳しくしただけで 3,11のよりは事故は起こりにくくはなるだろうけれど 起こった時に放射能をゼロにできる方法は未だ解決できておらず 見切り発車ですよね。 
国民の声は ここでも届きませんでした。



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  安保法案にしても 沖縄・辺野古問題にしても 原発再開の話し合いも テレビの映像にはほとんど載らなくても 地元ではたくさんの人々が反対の声をあげているそうですよね。

 おとぎ話の中では 国民の声を聞かない王様は悪い王様です。
 日本の国民の声が聞こえていないふりをする総理大臣は 悪い王様と同じでしょ。
 後戻りのできない見栄っ張りの王様は やまびこのように 「みなさんの安全のために」と嘘ぶき同じ言葉を繰り返しながら どこへ向かって行こうといているのでしょうか?





 楽しい記事を書きたいなぁ~という思いはいっぱいなのに なんか事故も多く災害も激しく辛くて怖いニュースばかりが多いのは 負の連鎖のような気がします。
 だから なんとなく8月は 毎年書けなかったのね。




 うちも負の連鎖が続いています。 
消費税が上がった上に 介護保険の制度も変わって 介護度も上がって じわじわと首を絞められるように 苦しいです。
そしてどうやら 義母の持病が 再発したようです。
明るい話が 本人 義母から届くはずもないのですが せめて穏やかにがこの数年続いていたので唯一の逃げ道でした。 
自覚症状がないので痛みとかはない様子です。
施設から電話がかかって来て この人の事を考える時 私はとても憂鬱になります。 
向こうもアルツハイマーで人格が壊れていますが 成り行きで面倒をみることになった私もあれから5年。 
ずいぶんと人格が壊れているなぁと思ってしまいます。
最近は 見えない重たい真っ黒い影が 背中にべったりへばりついて来るような息苦しい気分になるのです。
記事にするのもみじめなくらい他人の気がします。
 ええ~い。と すっぱり線を引いてしまえたらどんなに さっぱりできるだろう。
他人の人生に自分で自由に線が引けるのは とりあえず声を聞いた振りの出来る総理くらいなんだろうな。

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コメント

うっちゃんこんばんは。
8月は終戦記念、原爆投下など人類として考えざるを得ない月ですね。今日もテレビでトールマン大統領の孫が出てまして、原爆被害者との関わりの仲で、被爆者は自分を責めてくるものと思っていたが、自分に対してあなたを通して、原爆の悲惨さを世界に訴えて欲しいとのことに驚いていました。憎しみの連鎖でなく、世界から原爆の悲劇がなくなるような活動を被爆者が望んでいることに大きな感動を得たみたいですね。
また文面からお察しいたしましたが、介護の現実に並々ならぬご苦労と、ご心配をご察しいたします。
傍目のコメで力にはなりませんが、受け入れざる現実のご苦労もさることながら、いろんなことに頑張ってらしゃるうちゃんにヽ(´▽`)/エールを送ります。
すいませんかってなことを申し上げました。

投稿: mitakeya | 2015年8月14日 (金) 20時20分

 mitakeya 様。
ありがとうございます。
親の問題は切っても切れない縁ですからね~。
日本の政治家は 世界に向けては格好いい発言をいっぱいしていますが 自分の足元の国民が戦後の貧困とは違う形での貧困で苦しんでいるのが分かっていないんだと実感します。
元気ならばそこそこに十分暮らせる時代ですが 病気・介護という渦中に巻き込まれてしまうと全てに格差があります。
お金といい家族を持っていないと辛い時代、生きていけない。
つまり一番厳しい時は自分で何とかしなくちゃなんにもしてくれない…それが現実みたいです。

トルーマン大統領の孫の私も見ました。
戦争が原子力の実験用に2種類の違うタイプの原発を広島、長崎に投下してそのデータが 今に続く核ミサイルにつながっているんですよね。
核はなくなりませんね。
日本中を破壊したアメリカは 自国の民にはその実際の悲惨な事実を封印したから 日本は原爆を落とされてもしかたなかったと思っている人が今でも多くいるようです。
日本の教科書も中国の教科書もアメリカの教科書もそれぞれの思惑で同じ史実なのに きっと全然違う内容なのかもしれないですね。

投稿: うっちゃん | 2015年8月15日 (土) 17時37分

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