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2016年6月20日 (月)

ブッシュマンに思う

 

6月15日。(水曜日)

 穂高公民館主催の 講演会に出かけてきました。
このテーマに 最初に興味をそそられたのは ダンナの方でした。
広報のお知らせを けっこう細目にチェックしているんですよ。

 「あ、ブッシュマンの講演会いつだったっけ?」

 なんて話している時に 本当にまったく偶然に お散歩中の田中さんに出会いました。
ダンナは急いで窓を開けて

「おはようございます! もう講演会終わっちゃいましたか~?」
「おはようございます。 今日なんですよ。」
「今日でしたか? 頑張ってください。」
「はい。」

 そうなんです。 
今日の講演会の講師は ご近所のメグタのお散歩仲間の田中さんなのです。
こちらにお引っ越しされていらしてから 犬同士がワンワンいいあうので 声を掛け合う程度のお知り合いになっていました。


 以前 ダンナが大学の先生だったらしい情報を 話していましたが ここは穂高町時代に山麓沿いの森の中を 別荘地にして売り出す時に ○○学者村という名称をつけているほどなので 別荘地の中には実際にたくさんの学者と言われる先生方が 保養に来られています。
 すぐ近くにも 静岡大学の先生などが 毎年避暑に来られていて ご挨拶程度の知り合いになったりもしていたので ごく普通、お気楽に 「おはようございます!」やら 「こんにちは!!」やら…ですよ(笑)

 ダンナはサッカーの練習日なので夕方のこういう講習会と重なってしまうので 残念ながら参加することができません。
なので 森の中で犬とお散歩中に バッタリ出会って 愛犬の可愛いチワワが メグタに吠えられても にっこりと笑って下さるステキな お父さんの田中さんが 京都大学の名誉教授の超有名人とは露知らず…(いつもメグタ共々失礼しています。)
「ほほ~い!」 能天気の私が こっそり参加することに決めました。



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                 「アフリカのブッシュマンに 学ぶ」 
             講師 人類学者 京大名誉教授 田中二郎さん




 ブッシュマンと言えば もうずっと前に 面白い映画を見た事がありました。 
空からガラス瓶が落ちてきたんです。
広い平原のブッシュマンの住む場所にです。 
その瓶を口に当てて ボォ~って吹くのがとっても可笑しかったのを 覚えています。



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 このスライドのブッシュマンの写真は 1966年に北大の研究グループに便乗されて 初めてブッシュマンの住むボツワナに出かけた時のものだそうです。
 カラハリ砂漠は 夏は40度 冬はマイナス10度にもなる高度1100mの半サバンナ気候だそうです。


 この時のスライドが ちょうど私の記憶にある映画の中のブッシュマンの暮らしぶりと重なる いわゆる 狩猟をしながら移動する原始のブッシュマンです。
 力強く、明るい顔をしたブッシュマンの家族たち。
日々の暮らしは厳しいけれど 今の日本では失われてしまった物やお金では買えない人間本来の笑顔が こぼれています。




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 この頃のお話をされる田中先生は とても嬉しそうで楽しそうでした。
キリンやトビウサギの狩猟に同行した20代の先生は きっと瞳をキラキラさせて カメラを構えていたんだろうと思ってしまいました。



 ところが1980年代になると アフリカでは 大飢饉が起こりましたよね。
ブッシュマンの暮らしにも 例外ではなく 救助物資のトウモロコシの粉が配給されるようになりました。
1997年には 国立公園内にある居住区は 強制撤去になったそうです。


 配給、牛の支給 井戸の周囲にはたくさんの家、畑で作物作り、病院らしき施設。
移動民族のブッシュマンの暮らしが いきなり便利な文明という大きなものに包まれてしまったのです。
年300日 雨の降らない地域の水、水がいつでも手に入るというのは 夢のような幸せだと思います。 

狩りの生活が放牧に これもまた 人類が長い時間をかけて手に入れたものです。
田中先生が 訪れた60年代からたった30年で激変です。


 2010年に訪れた時には お年寄りには国から年金が支給されるようになっていました。
お金の価値がわかったら 人々の暮らしは急変することでしょう。
年金を支給したくない日本の政治家とは 真逆ですねぇ。
 学校ではボツアナ語と英語が公用語で ブッシュマン語は禁止なのだそうです。
自分たちの言葉がなくなるのは いつの時代にもあることだけれど 厳しいですよね。
方言として残すのは出来なかったのかな?
便利さを求めていくと 大切な何かが失われていくのでしょうか?
イヌイットのお話も近い物がありましたよね。
大きな病院も出来ました。 平均寿命が35~40歳といわれていたのも きっと改善されることでしょう。


 でも、地球がみんな同じようになることが 幸せなのか…?と 思ってしまうのは何故でしょう。
ブッシュマンは歴史を一気にタイムスリップして 文明の中に望んだわけでもなく引き込まれてしまいましたが、本心はどうなんでしょう?
複雑な思いがしました。 
 田中先生も50年で 今の若者は本当のブッシュマンの姿を知らない世代が増えたから もう昔の暮らしに引き返すことはできないだろうとおっしゃっていました。
ゼロを100にするのには抵抗は少ないだろうけれど 100をゼロにするのは まず無理ですもんね。


 地球の生物の99,9%は歴史上で絶滅しているんですって。
どんな危険だと分かっていても引き返す勇気のない人類は きっと絶滅動物になるでしょうと 締めくくっていました。
ブッシュマンの過去と現在を見聞きされているだけに 私の何百倍も複雑な思いでしょうね。
どこへ向かって進んで行くのか?
ここから先は 無知な私には SFXの映画の中の世界を想像するしか…です。



 長老は キリンを追いかける夢を今でも 見るんだろうか?
なんだか大切な宝物は そっとそのままにしておいた方が よかったのでは…。 



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                       エランドの壁画

  

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