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2016年10月24日 (月)

思い出とともに

 

 ご冥福をお祈りいたします。

10月20日 (旧)諏訪湖ユースホステルのおばちゃんの お葬式に行って来ました。


 「おばちゃん、ありがとう。」

その一言が言いたかったんです。


 私が初めて諏訪湖に行った高校生の頃から もうおばちゃんと呼ばれていました。
誰もを明るく受け入れてくれる大きな優しさが 心地よくて なんかなぁ~大きなお母さんみたい。 何度も会いに行きたくなってしまうおばちゃんでした。

 立派なお葬式でした。

 97歳。 おばちゃん、大往生ですね。 
楽しかったあの頃のたくさんの思い出が 次々とよみがえります。
お焼香をする人々にも  きっとそれぞれの懐かしい思い出があって… 皆に素敵な笑顔をふりまいていたんでしょうね。

 おばちゃん、ありがとうございました。
心からお悔やみ申し上げます。



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死んだ男の残したものは
谷川俊太郎作詞
武満徹作曲

死んだ男の残したものは
ひとりの妻とひとりの子ども
他には何も残さなかった
墓石ひとつ残さなかった

死んだ女の残したものは
しおれた花とひとりの子ども
他には何も残さなかった
着もの一枚残さなかった

死んだ子どもの残したものは
ねじれた脚と乾いた涙
他には何も残さなかった
思い出ひとつ残さなかった

死んだ兵士の残したものは
こわれた銃とゆがんだ地球
他には何も残せなかった
平和ひとつ残せなかった

死んだかれらの残したものは
生きてるわたし生きてるあなた
他には誰も残っていない
他には誰も残っていない

死んだ歴史の残したものは
輝く今日とまた来るあした
他には何も残っていない
他には何も残っていない


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  この曲は 10月21日の 穂高東中学校で行われた「田舎のモーツアルト」音楽祭で ゲストテノールソリストの 福井 敬さんが 歌って下さった曲です。


 森山良子さんや 美輪明宏さんが 以前歌われていたのを 耳にしたことがあったので 私にとっては 初めての曲ではなかったのですが 
福井さんの気持ちのいい美声と表現力に わしづかみにされたように ぐっと魅入られて 心の中に沁み込んできました。 
きっと 身近な人を 何回も見送ったこんな時期だから ずっと普段よりも深く深く心に 飛び込んできたのかもしれません。
 音楽って ホント 素晴らしいですね。


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 「田舎のモーツアルト」音楽祭というのは 以前穂高町と呼ばれ 中学校も(旧名)穂高中学校が唯一の中学校だった時代に (うちの息子も通っていました)始まりました。

由来は すごいんですよ。
現穂高東中学校の正門の右側にある大きな碑に 刻まれている「田舎のモーツアルト」と言う詩からです。 
尾崎喜八という人物の名前を 聞いたことがあるでしょうか?
その尾崎喜八が 小さな田舎町の穂高を訪れた時のことを 語っています。

 よく晴れた秋の日のことだった。 
若い女の先生がモーツアルトの『トルコ行進曲』を孜々として弾いている。
中学生が身じろぎもせず聴いている。 この光景が強く私の心を動かした。 
そして自分の音楽が田舎の純真な人たちから愛されていることを
モーツアルトはさぞや喜んでいるだろうとおもった
 


この「孜々として」が この中学校では今も語られています。
息子たちの時は 音楽の先生が自分でピアノを弾かれて さぞや練習が大変だったろうと思いましたが
今回は ピア二スト久元佑子さんと テノール歌手福井敬さんが 演奏してくださいました。
プロの弾く『トルコ行進曲』は 会場を一気にモーツアルトの世界に引き込みます。


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 生徒たちの重唱も ゲストの演奏・独唱も素敵でした。 音楽の奥深さに魅せられて ほっくりして家路についたのは 私だけじゃなかったはずです。



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