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2017年2月

2017年2月25日 (土)

春のお便り わさびの花

 先週の後半の地元のニュースで 「わさびの花が咲きましたよ~。」と 放送されていました。



 「ふぅ~ん? 今年は早いね。 去年も一昨年も 梅が咲くころだったのに…。」


 でも 他の地方のニュースでも 河津桜が満開だとか 水戸の偕楽園で梅が咲き始めたとか まだ2月だというのに 各地でも一足どころか二足も早い春を告げるお便りが放送されてますよね。 
安曇野だって 雪が降ったり小春日和が続いたり 寒暖の差が激しい日々が続いていますからねぇ。



 
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 朝から ピカピカの青空。
安曇野では「春を告げる花」として わさびの花を大事にしているんですね。 
わさび畑の小道は たまには歩いてみたいお薦めの場所です。
そんな情報を小耳に挟めば 山が綺麗に見える美しい日は ちょっと心がざわざわしますよね~。




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 安曇野・わさび畑
といったら やっぱり この風景ですかね(笑)
いつ行っても 水車と透明な川藻の流れは 変わらないですもんね。 キレイ。



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  一面に山葵の緑色を想像して出かけたのですが 時はまだ2月。 
入り口付近のわさびの畑は寒さ避け用でしょうか、寒冷紗が掛けられていました。 
やっぱり 早すぎたな。 去年は3月になってからだったし…。



 「うんやっぱり、そうだよね。 うちの森の日陰には まだ雪が残っているんだから。」と 一人納得してしまいました。




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 橋を渡って 奥の畑はもうこんな風に わさびが小さく育ってきていましたよ。
やっぱり見頃は3月の 梅の花が咲く頃でしょうね。
また、その頃 来ようっと。
今日は気温が低いので 空気がひんやり冷たいのです。 
そのせいか 遠くの山につながる空間まで ずっと透明さが広がっているように感じられます。
静かなこんな時期でも 今週はプレミアムフライデーらしいので これからたくさんの観光客がやって来るのかもしれません。
都会や政府はあの手この手を 考え出すもんですね。
世の中が 頭の上で通り過ぎていくような 何にも変わらない~のが田舎の一日です。




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 小さな花なので  白い満開の花畑は 次回行った時のお楽しみという事に しますね。


 

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2017年2月23日 (木)

やっぱり 泣ける!

 前にも書いたけれど デジタルTVの時代になってから もうっずいぶんと久しいのに 我が家にはBS放送が届かない。

 当時のデジタル放送の宣伝文句に負けて テレビを購入した時に 一緒に買い込んだBS用のパラボラアンテナだって一応 電波の方向に向けてちゃんと取り付けてあるんですけどねぇ。

 木々が芽吹く4月頃から 木々の紅葉が終わって葉っぱがすっかり落ち葉になる11月後半までの約8か月間は 完璧にBSの電波が入らないということが わかったのは 取り付けた初めの時でした。

 「あ~あsweat02  すごいショック weep  」

 でも、見られないのは それだけじゃなかったのね。
雨の日、強風が吹いている日、雪の降っている日などなど 気まぐれな電波は微妙で 一日のうちでも 時間によっては映ったり映らなかったり 予測不能。
ってことは 365日のうち 冬限定の晴れて風のない日って 何日あるんだろう…? 


 番組表とにらめっこして見たい番組をチェックしても 見れる保証はないわけなんですね。
ホント つまらない。

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 韓国ドラマなどは 妹がDVDに録画して 半年にいっぺんぐらい宅急便でまとめてドカンと貸してくれたりもするんですが…。
 でも やっぱり映ったら是非見てみたい番組って あるんですよね(笑)


 その一つが懐かしい倉本聰さんのドラマ「北の国から」シリーズ。
先日 講演会を見に行ったグレートトラバースの田中陽希さんのご両親は このドラマに影響されて 北海道の富良野市麓郷(ろくごう)に移り住んでしまったとのこと。
m(. ̄  ̄.)mうん、うん。 ワカル!
それくらいに たくさんの人々の心を動かした作品ですから ビデオにも撮ったし 再放送も何回も見ているんですが…。 
やっぱり見たいeye


 BSフジは めったにしか映らないんです。
でも 先週日曜日 どういうわけか flair 綺麗に電波が届いている paperpaper パチパチ
おお、ラッキーじゃん。 毎週 録画予約だけはセットしていたんですぅ。
でもなぜか 日曜日の夜のお天気が 今一歩の日が多くて crying  あきらめ続けていたんです。


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 ちょうど 子供たちが大人になって 恋とか失恋とかを経験する時代の「北の国から ’95秘密」編です。
登場人物の純くんや蛍ちゃんは ずっと同じ役者さんが子供時代から大人になるまで演じているので 吉岡秀隆さんは 私にとってずっと純ちゃんで 中嶋朋子さんは可愛い蛍ちゃんで…。
(自分の実際の子供よりは年齢がずっと上なんだけれど)大きな息子や娘をみるような目で 彼らの現実にあり得そうであり得ない人生を 応援してきた気がします。



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 初回をリアルタイムで見た時と 再放送で見た時ではもちろん年齢が自分も同じだけスライドされているのだから 感想は違うのは当然だけれど 何回見ても苦しくて悲しい。
 「分かっているけれど 今はどうにもならないの…」 cryingドヒャ~sweat02 苦しいね。


 
 人生、鏡を見るのが怖いほどオバサンになってしまった 私から見れば 青春って本当に切なくて 苦しい事ばかりだけれど…キラキラしてるって思えるんだけれど そのど真ん中にいる若者には 辛いよね。 90年代の若者はもうすっかり オジサン世代に足を突っ込んでいるから 今現在のキラキラ世代は バブルからゆとりを越えて もっともっとドライなんだろうけど。


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 雪が降ったり 強風も吹いたり 雨が降ったり 毎日コロコロとお天気が変わります。
積もった雪が昨夜から今朝にかけて降った雨で すっかり溶けました。

 今度の日曜日の夜は 次作「’98 時代」が放送されますが 絶対晴れて無風で 映って欲しいです。
蛍ちゃんに正吉くんが結婚を申し込む あの素敵なシーンがみたいなぁ! ❁🌸❁🌸❁🌸


 
  

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2017年2月 5日 (日)

田中陽希さん講演会

 山好きのダンナは 見れる限りの山番組をHDDに 「録画ておいてくれ~」と 注文します。
その大好きなTV番組の一つに 「 日本百名山ひと筆書き~ グレートトラバース 」「日本2百名山ひと筆書き~グレートトラバース2 」 が あります。
某NHKBSで 私たち同様 毎日ご覧になっていた方も多いと思います。
 放送当時は 「今 常念あたりにいるらしいぞ。」とか 「燕岳に行ってこようか。」とか 「有明山に来たらしい」などと 地元の山仲間の情報から 田中陽希さんの北アルプスを挑戦している姿にワクワクしていました。
スペシャルの総集編などの録画は 何度見たことでしょうね。(笑)



 その田中陽希さんが 「松川村で講演会をしてくれるんだってさ。」と 一枚のチラシを持って帰ってきました。 そこにはまぎれもない田中陽希さんの笑顔の写真が…。


 「往復はがきで申し込むんだってさ。 一人一枚って書いてある。」
 「へぇ。 よかったね。 松川村すごいね。」
 「だよな。」


 って訳で 返ってきた往復はがきの入場券を持って 行って来ましたよ。




  2月4日土曜日 14:00   松川村多目的交流センター すずの音ホール

 

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 松川村といったら あの日本一長寿で有名になった とっても小さな村です。
グレートトラバースが放送されていると言っても お年寄りが見に来るかしら?

 「すずの音ホールがいっぱいになるほどの人が集まらなかったら 残念だねぇ。」

という心配なんか吹っ飛ぶほどの 200人のホールに300人以上の人が集まったそうで

 「人数が多いため 階段イスから急きょパイプ椅子に変更しました。 申し訳ございません。」との アナウンスが流れました。



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 やっぱりご年配の方が多いみたい(笑) 子供たちから見たら 私も含められちゃうかな~。(怖)


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 お話はプロアドベンチャーレースのチームのことから始まり 百名山のグレートトラバースの話に移りました。 
 スライドと動画の上映を交えて 説明してくれるので とっても分かりやすくて 話に会場が引き込まれて 笑い声や歓声が上がる時もありました。


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 「人間力は 対自然 対人間 対自分」 
 「
やらない言い訳じゃなくて やりたい理由を探そう。」
 「人生は 挑戦!」



ステキな名言がたくさん語られましたが 一番 これからの時代を生きる若者たちに 語り続けて欲しいと思ったのは 「はじめの一歩」(私の大好きな言葉だ。スタートしなくっちゃ何にも始まらないよね)
「有限実行→達成」
と いう言葉の後に 話された事柄です。

 「達成すると世界が変わるんです。 次のステップに進むことが出来るんです。
  周囲からも前とは違う自分を見てくれます。」



 なるほど。think 
これは田中陽希さんだから 苦しい日々をやり遂げた経験があるから 言える言葉です。

が、実はこの言葉は本当はあらゆるスポーツや物事に通じる魔法の言葉です よね。


 当日はダンナ 教えている中学生たちにも 「講演会」を見るように指示していました。
ちゃんと来ていたようですよ。 いい子たちだね(笑)
山登りサッカーの極めるところ・精神面は共通だってことに 中学生はちゃんと気付いてくれたかな? 
それとも まだまだ いろんな事がブツブツこま切れに見えちゃう年齢なのかな?
いつかわかるよね。




 講演会の後 サイン会をしてくださいました。 
見てよ! この嬉しそうな笑顔。

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 ダンナがして貰ったのは 「北海道 二ペソツ山」の写真。up
*ごめんなさい。 先日までトムラウシ山と記載していましたが 正しくは二ペソツだそうです。

 私がサインを頂いたのは 「常念岳」の写真。down 


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 どちらもダンナが登った山で撮ってきたものです。 

 講演会 ありがとうございます。 とっても いい記念になりました。

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2017年2月 3日 (金)

松代を歩いてみた 3

 松代といったら 真田邸(さなだてい)。 
もちろん大河ドラマ時代の幸村などが居住した建物ではありません。 
江戸末期の9代藩主・幸教(ゆきのり)が母の為に建てたもので 明治維新以降は 真田家私邸として使われていたそうです。 


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 ぐるりと庭が見渡せる回り廊下のある明るい部屋が並んでいましたが 屋敷が広いだけに 今のようにサッシなどの密封性のない広い空間では こんな真冬の松代の気候を思うと さぞや寒かっただろうと思ってしまいました。



 

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 こちらの真田邸にそっくりな表門は 文武学校(ぶんぶがっこう)です。
1855(安政2)年に文武併習の学校を作りました。 現在の松代小学校の一角に位置しています。


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 文学所と呼ばれる 学問所はまるでお城の大広間を彷彿とさせるように 広く いったいどれくらいの人々が 一度に学べるのか…しら?
現在のように壁と机に仕切られていない空間の教室は こんなにも広いものだったんですね。

 武術所が 文学所の周りを取り囲むように並んでいます。 どれもタイムスリップするような立派な建物です。



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                           剣術所


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                          弓術所


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                    槍術所の天井の梁


 槍術所では 素敵な出会いがheart04
このロマンスグレイのオジサマが 真剣の形を見せて下さいました。

 「うわぁ! カッコイイ。heart04 」


高校時代ちょっぴりだけ剣道を かじっていた私。 あの頃を思い出します。
素振りばっかりだったけどね。happy01
やっぱりさすがに日本男児。 袴姿はキリリとしますね。 
松代の人たちは今でも 申し込めばいつでも利用できるそうですよ。
いいな~。 時代を飛び越えるよね。




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                                         松代城址


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2017年2月 2日 (木)

松代を歩いてみた 2

 松代といえば 忘れてはいけないのが 象山地下壕(ぞうざんちかごう)です。 歴史的には 第2次世界大戦末期に 天皇陛下や政府機構を もしもの時に避難させるために極秘に掘られた松代大本営(まつしろだいほんえい)。 構内はとても広く碁盤の目のように掘られたトンネルです。


 ここは長男が小6の時のPTAの役員の研修旅行で 訪れたことがありますが 自然にできた鍾乳洞とは違い たくさんの人々の力と汗と血と涙で掘られた大きな地下壕です。 この暗くて重い構内へ 私一人で入るというのは 一度入ったことがあるので 「気持ち的にも時間的にも無理だなぁ。」

 でも 広島の原爆ドーム同様 戦争の非情さを知るために 日本人なら 一度は見学してほしい場所です。


 その隣の 佐久間象山記念館から 象山神社へと向かうことにしました。


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 象山神社(ぞうざんじんじゃ)
は 幕末の先覚者・佐久間象山(さくまぞうざん)が祀られている神社です。


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 象山の知恵にあやかって学問の神様として たくさんの受験生が絵馬を収めにやって来るそうです。
受験シーズンですからねぇ。 藁をもつかみたい、神頼み…わかるなぁ。think


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 雪で覆われた神社の公園には こんな可愛いこま犬も…happy01




 松代は小さな城下町ですが たくさんの史跡があちこちに残っています。


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                     旧臼井家表門 



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                    寺町商家のお庭


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                    旧樋口家住宅 表門

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                  旧樋口家住宅のお庭


 まち歩きセンター
で頂いた 観光パンフレットはとても見やすくて 便利です。
パンフレットを片手に歩いていくと 無料でお庭や建物を見学させてくれる武士旧家がたくさんありました。
 松代の江戸時代の武士の暮らしは 土地柄か穏やかで住みやすかったのでしょうか。
現在は立派な表門が残っているだけでも 大きなお屋敷だったことがわかる建物や 中流武士の質素でこじんまりとしているものの 落ち着きのあるたたずまいでした。
真田信之が部下や領民を大切にしていたんだろう姿が ここでも想像できますね。




 さて、次は文武学校真田邸に 向かいますよ。


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2017年2月 1日 (水)

松代を歩いてみた 1

 1月の最終日曜日。 
毎年恒例のサッカー協会の新年会に出席するのでダンナは 長野市へ出掛けます。
その日に付いて行くと ダンナの運転付きで 一人で歩ける自由時間が長野で約3時間あります。 

 「でも 毎年善光寺ばっかりじゃあねぇ~。」

(こんなセリフを言っちゃあ 善光寺の大好きな長野県民の皆さんには 文句を言われてしまいそうですね(笑))


で、長野周辺の地図で調べてみると 長野インターのすぐ傍に 「松代(まつしろ」というとっても魅力的な場所があるじゃないですかflair

 「そうそう、ずいぶん前に子供たちと行ったことがあった…。 小学生の頃だっけ?」


 「子どもと電車でお出かけ」
を 実行しようと決めたのは 長男が小学校の高学年になった頃です。 (ちなみに 映画館で洋画は字幕スーパーで見せると決めたのは 末っ子が小学1年生になった時ですが ほとんどダブります。)
 ダンナはその頃から サッカー中毒、土日は大会・練習で忙しいんだから 家族と一緒の「今度ね」を期待するのは 意識してやめたんです。 待ちぼうけでイライラするよりも 出かけちゃった方が 私も子供たちもストレスがなくって よっぽどいいよね。
どちらも 本物に触れるにはちょうどいいチャンスだし きっと私が見たいものを子供達と一緒に見るのは 自己中ですが 楽しいに決まってる~と思ったからです。


 長野県の史跡の多い 松代、上田、小諸 などなど 一度は行きたい場所はたくさんありますからね。 
あの子たち 行ったことを覚えているかな?

 安曇野から電車で出掛けるのは ちょっと不便です。 
乗り継ぎ駅も多く 当時は切符を買うのも窓口だし座席を確保するのもワンボックスだし。 3人の子供を連れて歩くのは なかなか困難でした。
でも 電車だからいいんです。 相席でも いろいろ楽しかったなぁ。 
車も長野オリンピックの延長で高速道路がやっと開通された時期でしたしね。 移動は便利でも なかなかね~。 
若かったからあの頃は平気だったけど 人間の子供って 今思うと メグタの散歩よりも重労働だったかも(笑)

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 「俺忙しいから 長野電鉄で行ってよ。」
 「うん。 そのつもりだったけど 路線で調べたら バスしか載ってないんだけど…? 電車ってなくなったんだっけ?」
 「あ、そうだよ! いつだったか廃線になったんだ。」
 「えぇ? 長野からバスで30分で 休日は30分に1本だよ。 それだけで2時間つぶされそうじゃん。 じゃあ、松代で降ろしてよ。」
 「まぁ、いいよ。 どうせ長野インターの所だしな。」 


 あの頃はあった松代駅が 今はなくなったんですね。 




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 旧松代駅trainの近くには こんな線路の名残が見られましたよ。up
ここにかつて電車が通っていたという過去の思い出が記憶にあるなんて 逆にラッキーだったかも。



 さて、適当に出発しましょうか。


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 ここは 旧松代藩鐘楼(しょうろう)です。up 時の鐘といわれ 江戸時代 一時(2時間)ごとに大鐘を叩いて時間を知らせたそうです。


 偶然見つけた NPOまち歩きセンターで 観光パンフレットを貰って松代の見どころを伝授していただきました。 


 お薦めは 「旧横田家住宅」だそうで 世界遺産になった群馬の富岡製糸場で有名になった「富岡日記」の著者の和田英(わだ えい)さんの生家なんだそうです。
3月にTVで放送されるそうですよ。



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 当時としては中級藩士のお宅だったらしいのですが とっても住みやすそうな素敵な趣の建物とお庭でした。 なんか落ち着くんです。 ああ、こんなお家に住んでみたい~。


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 こんなのも、あんなのも 質素だけど暮らしぶりが見えるようで なんてステキheart04

 時間がたっぷりあったなら この縁側でのんびり雪見 でもしたいけれど 今日は恐怖の歩く3時間コース。 心を残しながら出発しました。



 1月後半の大雪で 松代も一面 雪景色。
そのおかげか 今日は青空の暖かい日なのに 去年の真田丸大ブームでは 人だらけという映像があったので 人ごみを覚悟していたんですが 「あれぇ~?」と思うほど 誰もいない(笑)
静かな美しい松代のまち歩き 楽しんで来ましたよ。shoe shoe



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