松代を歩いてみた 3
松代といったら 真田邸(さなだてい)。
もちろん大河ドラマ時代の幸村などが居住した建物ではありません。
江戸末期の9代藩主・幸教(ゆきのり)が母の為に建てたもので 明治維新以降は 真田家私邸として使われていたそうです。
ぐるりと庭が見渡せる回り廊下のある明るい部屋が並んでいましたが 屋敷が広いだけに 今のようにサッシなどの密封性のない広い空間では こんな真冬の松代の気候を思うと さぞや寒かっただろうと思ってしまいました。
こちらの真田邸にそっくりな表門は 文武学校(ぶんぶがっこう)です。
1855(安政2)年に文武併習の学校を作りました。 現在の松代小学校の一角に位置しています。
文学所と呼ばれる 学問所はまるでお城の大広間を彷彿とさせるように 広く いったいどれくらいの人々が 一度に学べるのか…しら?
現在のように壁と机に仕切られていない空間の教室は こんなにも広いものだったんですね。
武術所が 文学所の周りを取り囲むように並んでいます。 どれもタイムスリップするような立派な建物です。
剣術所
弓術所
槍術所の天井の梁
槍術所では 素敵な出会いが
このロマンスグレイのオジサマが 真剣の形を見せて下さいました。
「うわぁ! カッコイイ。 」
高校時代ちょっぴりだけ剣道を かじっていた私。 あの頃を思い出します。
素振りばっかりだったけどね。
やっぱりさすがに日本男児。 袴姿はキリリとしますね。
松代の人たちは今でも 申し込めばいつでも利用できるそうですよ。
いいな~。 時代を飛び越えるよね。
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コメント
凄い建物だ
天井も高そうだし、当時の技術としては
最高の部類なのかな?
複雑に組み込んだ、天井の梁組みなど
ずっと、見て居られそう
真剣も、カッコイイね~
良い旅、楽しんでるね。
投稿: 中年ライダー | 2017年2月 3日 (金) 13時59分
ありがとうございます。 行き当たりばったりで歩くのが好きなのです。
その上、1本道を間違えちゃてもそこで楽しんじゃえば
なにしろ何と言っても一人だからねぇ。自分が「やった!」とか「ヤバ!」とか思うだけで喧嘩しないでしょ(笑)
だから 長野県っていいなぁって思う場所いっぱい見えてきちゃうのね。
投稿: うっちゃん | 2017年2月 3日 (金) 17時53分